時間学入門

#04

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物理学と時間

不思議な量子

時間とは何か、という問いに物理学の視点から最もシンプルに答えるとしたら、それは「運動を表すパラメーター(変数)である」ということになると思います。野球のピッチャーが投げるボールの運動を例にとると、ボールはある時間T(1)にピッチャーの手を離れ、T(2)にバッターの前を通過し、T(3)にキャッチャーのミットにおさまる、といった具合です。これを一般化すると、「ある時間T(X)には、ボールは必ず特定の位置Xにある」ということができます。当たり前といえば当たり前ですよね。

ところが、世の中にはこの当たり前が通用しない世界があります。「量子力学」という法則が支配するミクロの世界です。ここでは何が起きているのか、有名な「二重スリットの実験」を通して見てみましょう。

電子を発射する装置とその電子を受け止めるスクリーンを用意し、その間にせまい間隔の2本のスリット(すきま)の入った板を設置します。この状態でスクリーンに向けて電子を一発ずつ発射していくとどうなるでしょうか。ふつうに考えるとスクリーンには、右側のスリットを通り抜けた電子と左側のスリット通り抜けた電子の分布が重なって1本の幅広い模様ができるはずです。しかし実際には、何本もの縞模様ができるのです。

この縞模様は、電子が波のようにふるまうと考えると説明できます。2つのスリットからのわずかな距離の違いによって、波が干渉して縞模様になるというわけです。しかし、装置から発射される電子は一発ずつなので、電子の波が干渉するとはどういうことでしょうか。スリットを通る瞬間に電子が二つになり、左右両方のスリットを通って自分自身に干渉した? それなら、ということでスリット板に検出器をつけて電子が左右どちらのスリットを通ったかを観察できるようにすると、すべての電子は必ず左右どちらか一方のスリットを通り、しかもスクリーンの縞模様はできなくなります。電子はまるで人間の視線に気づいたかのように、その不思議なふるまいをやめてしまうのです。電子のふるまいは、私たちになじみぶかい因果律を満たしていないように思えます。

時間はさかのぼれるか

ミクロの世界の時間というのも非常に興味深いテーマですが、物理学には他にも時間にまつわる面白いテーマがあります。タイムトラベルはその筆頭と言っても過言ではないでしょう。過去や未来を行き来するタイムトラベルはSFの中だけのものだと思われがちですが、どうしてどうして、多くの研究者が取り組んでいる歴とした研究テーマです。未来に行く方法は比較的よく知られていますので、ここでは過去にさかのぼる可能性がある方法をご紹介しましょう。

過去にさかのぼる可能性を持った理論は、私の知るところ5つあります。一つ目はクルト・ゲーデルの主張した回転宇宙と呼ばれるもの。ゲーデルによると、もしもこの宇宙が回転しているとすれば、その回転にそってまわることで、ある時もといた時間に戻ることができるそうです。でも、宇宙の回転にそってまわるというのは、いわば宇宙を一周するようなことなので、ちょっと難しそうですね。二つ目は重たくて長い円筒を回転させるというフランク・ティプラーの理論。重たくて長い円筒を回転させると時空のひずみが生じるので、その円筒に沿ってまわると時間を少しさかのぼれるそうです。三つ目のリチャード・ゴットの理論はこれに少し似ていて、重たくて細長い宇宙ひも2本がお互いのまわりをグルグル回るようにしてやればタイムトラベルできる可能性があるとのこと。四つ目はワームホールを利用したキップ・ソーンの理論。ワームホールとはそこに入ると瞬時にまったく別のところから出てくる「時空の抜け穴」でこれ自体がSFのようですが、アインシュタインの一般相対性理論によると理論的にはその存在が可能だとされています。最後の五つ目はレーザー光線を使うロナルド・マレットの理論。これによると、レーザー光線(=強いエネルギーの流れ)を物体のまわりで回転させると、その物体の時間の進み方が変化するそうです。こうして見てみると、ワームホールを使う四つ目以外はすべて回転を利用していることに気づきます。時間をさかのぼるカギは、もしかすると回転にあるのかもしれません。

遠くを見れば過去が見える

タイムトラベルの研究が映画のスクリーンの中だけでなく、研究室の中でも行われていることがご理解いただけたと思いますが、実はこれらの理論に依らずとも、私たちは日常的に「過去」を目にしています。夜空に輝く星がそれです。

よく知られていることですが、星の光が私たちの目に届くまでには、ものによっては何万年何億年という旅路を経ています。その時間はもちろん、地球から遠い星ほど長くなります。このことを反対から言えば、遠いところにある星を見れば、それだけ過去が見えるわけです。地球から138億光年のところに電波望遠鏡を向けると、高温の「カベ」を観測することができます。このことから、私たちの宇宙は138憶年前の大爆発(ビッグバン)から始まったのだという、現在の定説が導かれたのです。

このような時間のずれは、宇宙空間に限らず、実は私たちの身のまわりでも起きています。たとえば1m離れると、光がやってくるのには10億分の3秒かかります。つまり、私たちがこの世界で見ているものはすべて「過去」なのです。

藤沢健太
山口大学時間学研究所教授/所長。2010年4月から現職。専門は、電波天文学、特にVLBIを使った観測的研究。

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