時間学入門

#03

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暦に秘められた歴史

暦はなぜつくられたか

今日が何月何日かを、みなさんは普段、何で確認しますか。カレンダー、手帳、腕時計、スマートフォンという方も多いことでしょう。私たちの社会にとって暦(こよみ)は、あまりにもあって当然の存在です。しかしそれは言うまでもなく、水や空気のように地球上に元々あったものではありません。では、人類はなぜ、暦をつくりだしたのでしょうか。

文字(数字)で表された暦が歴史に登場するのは、紀元前3000年頃からです。しかし、それ以前の遺跡の中にも、夏至や冬至の太陽の位置を示していると考えられるようなものはいくつかあり、いつ暦が作られたのか、はっきりしたところは分かりません 。そもそも暦とは、地球の自転軸の傾きによって生じる「季節」の移り変わりを知るためのものです。作物の種をまくためには「春」がいつ頃やってくるかを知る必要がありますし、古代エジプトであれば、ナイル川の氾濫時期を知ることは国の存亡にかかわる重要事項でした。「文明ある所に暦あり」といいますが、暦は人類が狩猟採集の「その日暮らし」から、気候の周期性を利用した農耕生活へと移るために不可欠なものだったのです。

太陽暦と太陰暦

暦には大きく分けると太陽暦と太陰暦の二つがあります。まずは前者からご説明しましょう。太陽暦は文字通り、太陽と地球の位置関係を基準にした暦で、最大のメリットは暦と季節が一致することです。上述した通り、季節は地球の自転軸が太陽に対して傾いていることによって生じるので、地球がいまどの位置にあるかがわかれば、これからどのような気候になっていくかを予測することができます。古代エジプトでは既に、季節が大体365日で一回りすることがわかっていたようです。

これに対して太陰暦は月の満ち欠けを基準にした暦です。月は平均29.5日で満ち欠けを繰り返すので、太陰暦では月の形を見るだけで今日が大体何日なのかを知ることができます。「新月」であれば1日、「三日月」であれば3日、といった具合です。私たちが1月、2月、3月……と数えるのがこの太陰暦に由来するのは、きっともうお気づきですね。

さて、月の形で日付がわかる便利な太陰暦ですが、一つ大きな問題があります。ひと月の平均日数が29.5日ということは一年は354日(29.5×12)となり、季節が一回りする365日より11日も短くなってしまうのです。これでは年を追うごとに暦と季節がずれていき、十数年もすれば真夏にお正月がやってくるようになります。このような事態を避けるために考案されたのが、閏(うるう)月を用いる「太陰太陽暦」です。一年が11日短いということは約3年に1回(正確には19年に7回)の割合で一年を13カ月にすれば、暦と季節のずれを補正できるというわけです。日本では明治5年に現代の暦に改められるまで、この太陰太陽暦が、改良を施されながら、使われてきたのでした。

一月一日はどう決まったか

地球は太陽のまわりを約365日かけてまわっているわけですが、その公転軌道上に時計の12時にあたるような「始点」があるわけではありません。では、新しい年がはじまる一月一日は、一体どのようにして定められたのでしょうか。

紀元前8世紀頃につくられたとされる古代ローマの「ロムルス暦」では、一年は現在のMarchにあたる「Martius」からはじまります。暦が主に作物の種をまく時期を知るためのものだったことを思い出すと、草木が芽吹こうとする3月に一年をはじめるのは自然な発想ですね。このロムルス暦は30日の月が6つ、31日の月が4つの合計304日で、残りの61日は休息の季節として数えないという変則的な暦だったようです。しかし、さすがにこれでは不便だったのか、次につくられた「ヌマ暦」では11番目の月としてJanuaryの原型となった「Ianuarius」(29日)、12番目の月としてFebruaryの原型となった「Februarius」(28日)が加えられました。こうして一年は「Martius」からはじまり「Februarius」で終わるようになったのですが、その後、スペインで起きた反乱に対応するため、紀元前153年から執政官の執務開始が「Ianuarius」の1日に移り、ヌマ暦の次の「ユリウス暦」では正式にこの日が1年のはじまりとなったのでした。今でも2月の日数が変則的なのは、もともと「Februarius」が年末で閏月の調整などをしていた名残です。

一年を365日とし、4年に一度366日とする「ユリウス暦」は、それまでの暦に比べると格段に精度の高いものでしたが、地球の公転周期がユリウス暦の想定よりもわずかに短かったため、やはり季節とのズレが生じました。キリスト教ではイースター(復活祭)を決める関係で春分の日を3月21日に固定していたのですが、16世紀には「暦上の春分の日」が「天文学上の春分の日(太陽が赤道を横切って南側から北側へ移る日)」より10日ほど遅くなっていたのです。そこで、前者を後者に合わせるため、1582年10月4日の翌日を同年の10月15日とし、同時にユリウス暦により細かいルールを加えた「グレゴリオ暦」へと改めました。これがいま私たちの使っている暦です。つまり、現代の一月一日は春分の日から逆算して決められたもので、天体の運行からすると特に意味のない日なのです。

カレンダーの日付とともに季節が移ろい、年を改めて繰り返されることを、私たちは当たり前のように見ています。しかし、一年が約365日であることには、実はなんの必然性もありません。はるか昔の地球の自転は今よりも速かったので、たとえば4億年ほど前では一年は400日ほどだったと考えられています。地球に昼と夜があることも、たまたま地球が時間ごとに異なる面を太陽に向けているからであって、もしも地球に対する月のようにずっと同じ面を向けていたとしたら、「一日」という概念さえ生まれていなかったでしょう。天体の運行を基につくられてきた暦は、人類の叡智を今に伝えるとともに、この世界があらゆる偶然によって成り立っていることを教えてくれてもいるのです。

片山真人
国立天文台 暦計算室長。著書に『暦の科学』(ベレ出版)、『現代の天文学 13 天体の位置と運動』共著(日本評論社)、『星の地図帳 太陽系大地図』共著(小学館)、『理科年表シリーズよくわかる宇宙と地球の姿』共著(丸善)、『これから見られる日食と月食データブック』(誠文堂新光社)

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