時間学入門

#01

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「感じられる時間」は、なぜ変化するのか

「感じられる時間」とは

遊んでいるときの1時間はあっという間なのに、退屈な会議の1時間は永遠のように思える。子どもの頃には長かった1年が、大人になるとみるみる過ぎてゆく。時間に関するこんな体験は、きっと誰にでも心当たりがあるのではないでしょうか。このことは、私たち一人ひとりの「感じられる時間」が、時計によって刻まれる物理的時間とは異なる性質をもつことを意味しています。「感じられる時間」に影響を与える要因はいくつかありますが、まずは「時間経過に向けられる注意」についてご説明しましょう。

見つめる鍋は煮えない

何もしないで待っている時間は長く感じます。「見つめる鍋は煮えない」という諺(ことわざ)がありますが、今か今かと待ち構えていると時間はなかなか過ぎてくれないものです。待ち時間が不快なのは、何も人間に限ったことではありません。キーを押すとエサが出てくる装置を使ったネズミやハトの動物実験では、装置によってキーを押してからエサが出るまでの時間に差を設けると、特別な学習を経なくても、時間の短い方が選択される傾向があります。この結果は、人間を含む多くの動物にとって、待たない方が好ましいことを示しています。ゼロにするのは不可能だとしても、待ち時間を少しでも短くするにはどうすればいいのでしょうか。

「感じられる時間」には、時間経過に注意を向けた回数が多いほど長くなるという性質があります。ということは、時間経過に向いていた注意を他のものに移してやればいいのです。病院の待合室にテレビや雑誌があるのはわかりやすい例ですが、ホテル等のエレベーターホールに置かれた鏡も工夫の一つです。自分の姿には誰もが注意を惹きつけられるので、髪型や服装をチェックしているうちにエレベーターの扉が開くというわけです。この性質を考えると、会議が早く終わってほしければ、時計はなるべく見ない方がいいでしょう。

楽しい時間を長くするには

「感じられる時間」の特性を利用すれば、待ち時間を短くするだけでなく、楽しい時間を長くすることも可能です。といっても、楽しい時間を過ごしているときに、(退屈な会議のときのように)時計を頻繁に見るのはおすすめできません。せっかくの楽しいことから注意がそれてしまいますし、もしもそれがデートだったりしたら相手の気分を害してしまいかねません。楽しい時間をあくまでも楽しいままに伸ばす方法を、三つご紹介しましょう。

一つ目は、「体験する出来事の数を増やす」という方法です。たとえば、楽しい出来事に我を忘れて没頭してしまうのではなく、ディテールに注意してみるのです。映画や音楽、絵画などの芸術作品を鑑賞するのであれば、事前にそれらのあらすじや評論、時代背景などを知っておくと、実際の作品に接した時に数多くの気づきが得られます。一連の出来事の中で気づきが多いということは、多くの体験をしたことになるので、時間を長く感じられるでしょう。ただし、あまり頭でっかちになってしまっては作品そのものを楽しめなくなるので、知識の詰め込みすぎには注意が必要です。

二つ目の方法として、代謝を上げるというものがあります。物理的時間は同じでも、「感じられる時間」が伸びたり縮んだりするのは、私たちの体内にある時計――これを心的時計と呼びましょう――の進み方が速くなったり遅くなったりするからだと考えることができます。心的時計の進み方は身体の代謝に比例するので、同じ1分であっても代謝が高ければ時間が長く、逆に代謝が低ければ短く感じられます。代謝の激しい子どものときの方が時間を長く感じることにも、この代謝の要因が関わっています。
感じられる時間」とは01 一川誠著『大人の時間はなぜ短いのか』(集英社新書)P120より引用現在の科学では子どもに戻ることはできませんが、一般的な昼型の人であれば午前中よりも夕方の代謝の方が高いので、楽しい出来事は夕方にセッティングするのがいいでしょう。また、代謝は運動によっても昂進するので、階段の昇り降りやスクワットを数分するのも「感じられる時間」を長くするのに効果的です。

三つ目は、多くの刺激を受けるという方法です。時間感覚も感覚のひとつなので、視覚や聴覚など他の感覚の影響を受けます。光や音といった刺激の強度が高いほど、「感じられる時間」は長くなるのです。そのため、楽しい作業であれば、より広く、明るく、(注意を阻害しない程度に)にぎやかな場所で取り組むのがいいでしょう。

「感じられる時間」はこのように、ちょっとした工夫で伸ばしたり縮めたりすることができます。このことは「感じられる時間」が、私たちの生命と深くかかわっていることを意味しているように思えます。日々の生活において「感じられる時間」を意識してみることは、私たちの生き方そのものを見直すことにもつながるのではないでしょうか。

※本稿は一川誠著『「時間の使い方」を科学する―思考は10時から14時、記憶は16時から20時』(PHP新書)、及び『大人の時間はなぜ短いのか』(集英社新書)の内容を基に構成したものです。

一川誠(いちかわ・まこと)
千葉大学大学院人文科学研究院教授。専門は実験心理学。実験的手法により人間が体験する時間や空間の特性、知覚、認知、感性における規則性の研究に従事。現在は特に、視覚や聴覚に対して与えられた時空間情報の知覚認知処理の特性の検討を行なっている。著書に『大人の時間はなぜ短いのか』(集英社新書)、『時計の時間、心の時間-退屈な時間はナゼ長くなるのか?』(教育評論社)など多数。

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