スクリーンは語る

モダン・タイムス

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 「諸君は機械ではない、人間だ!」とは、『独裁者』(1941)の最後に熱弁するチャールズ・チャップリンの言葉である。だが私たちは、人間の身体にひそむ機械的な運動や反復の心地よさを簡単に否定できないこともよく知っている。心臓がビートを刻み続けるように、私たちの身体はいわばリズムに囚われた「機械仕掛け」なのだ。たとえば『モダン・タイムス』(1936)は、チャップリン扮する職工が機械文明に否応なく巻き込まれる悲哀を滑稽に描いた作品として知られている。そこでの職工は機械のリズムに同期するが、やがて身体を支配される。つまり、人間のもつ生物的リズムに外部の機械的リズムが上書きされる。こうした展開はいまなお鑑賞者の関心を惹きつけてやまない。

 時間とはリズムにほかならない。そもそも私たちはあらゆるリズムに「乗る」ことだけに専心し、それに終始してはいないだろうか。『モダン・タイムス』は、人間が機械的リズムという時間の波といかに同調し、いかにそのリズムから外れて戯れるかを、チャップリン自身の身体から考える映画だ。この契機は私たちを、一定のリズムでコマを送り続ける映画という時間制御装置そのものと向かい合わせるだろう。

 本作のチャップリンは、ベルトコンベアで流れ来るネジを痙攣するように締め上げる。ぎこちなく震える彼の身体は制御不可能となり、クビになった矢先に精神病を告げられ、ついには投獄されてしまう。物語はしだいに機械/人間、都市/田舎、モダン/クラシックの対置を際立たせ、つねに後者のありかたを選択する。機械全盛の時勢から疎まれた男は、やがて一人の女性との放浪を決意するのであった。

 ところで、笑いを誘引する対象にはしばしば機械的なこわばりが含まれている。つまり、人間の身体から突如露わになるぎこちなさやこわばりが笑いの起爆剤となるのだ。その点でチャップリンの動きは人々の笑いを招く典型だといえる。資本主義や機械産業に順応する人々への批判的眼差しを織り込んだ本作は、チャップリン自らがまず機械に従順な身体を露呈している。だが先述のように、機械と人間の対立はきわめて曖昧だ。チャップリンの思想もおなじく一枚岩ではない。なぜなら機械的な振動や反復こそが人間的な本質を象ることを彼は体現しているからだ。

 機械に従うチャップリンのこわばった身体は、そもそもやわらかさを保持しているために機械との完全な同期ができない。彼が工場の巨大な歯車に巻き込まれるとき、その身体は歯車同士をかみ合わせる緩衝材としてあいだをやわらかに滑り抜けていく。そして彼は無傷で歯車から排出されるのだ。つまり、彼は機械的リズムと同調してこわばり、同時にそのリズムから逸脱していくやわらかさを示している。ぎこちなさとやわらかさをもつ彼の両義的な身体は、モダンとクラシックの異なる時間感覚をつなぐ蝶番となっている。

 本作の彼は、物語内で異なる時間を結びつける。つまり過去/現在/未来を彼の身一つで繋いでいるのだ。たとえば、彼の身体は時計回りの回転に巻き込まれることで文字通り悲喜劇にも巻き込まれる点を見てみよう。歯車、自動食事装置などがそれだ。装置の回転が反時計回りになった途端に彼は歯車から吐き出されることで工場からつまみ出され、自動食事装置の思わぬ反時計回りの駆動によっておもちゃにされる。それは彼の身体があたかも時計回りの加速(未来)に早送りされ、さらに反時計回りの運動による(過去)に翻弄されながら巻き戻しされていくようだ。過去にも未来にも「乗り」つつ「乗れない」のだ。時間に解きほぐされ続ける彼は、ただ愚直に現在を生きる姿を私たちに見せてくれている。

 だが、悲惨な彼のぎこちなくやわらかな身体を誰も否定することはできない。あらゆるリズムから取り残される身体、ひいてはリズムに「乗らない」身体をチャップリンが露呈することは、私たちに向けられた「時間への抵抗のレッスン」だったのだ。ひるがえって、私たちが映画という時間制御装置と対峙するとき、そのリズムに心地よく「乗り」続けるだけの自身の見かたや考えかたから逸脱する契機が見つかるだろう。

中村紀彦(なかむら・のりひこ)
1991年生まれ。神戸大学人文学研究科博士後期課程在籍。映像/アピチャッポン・ウィーラセタクン研究。共著に『アピチャッポン・ウィーラセタクン:光と記憶のアーティスト』(フィルムアート社、2016年)。美術手帖に執筆、同社webにアピチャッポンのロングインタビューを掲載。論文「反転する「場」から観者の亡霊化へーーアピチャッポン《ナブアの亡霊》をめぐって」が『美学』第253号に掲載予定。

【『ヱクリヲ』とは】
エクリヲ エクリヲ 批評家・佐々木敦の主宰する「映画美学校 批評家養成ギブス第三期」のメンバーを中心として、2014年11月に結成。映画・音楽・文学・美術といった領野を貫通する批評活動を展開している。現在は全国の研究者、批評家や「ゲンロン 批評再生塾」塾生とも協働し、雑誌やweb上で活動している。2018年11月下旬には最新号『ヱクリヲ9』(「写真のメタモルフォーゼ」「アダム・ドライバー 〈受難〉と〈受動〉の俳優」特集)を上梓、全国書店やディスクユニオン等、約100店舗で発売中。

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『モダン・タイムス』
 価格:Blu-ray¥3,500(税抜)
 発売元・販売元:株式会社KADOKAWA

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