スクリーンは語る

生きる

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 『……今、この男について語るのは退屈なだけだ。なぜなら彼は時間を潰しているだけだから。彼には生きた時間がない。つまり彼は生きているとは言えないからである。……これでは死骸も同然だ。いや実際、この男は20年ほど前から死んでしまったのである』

 映画は物語のナレーターを通じ、主人公である市役所の市民課課長・渡辺をこう紹介する。彼は30年間一度も欠勤をしたことがなく、書類に判子を押すだけの日々を過ごす仕事への熱意が失われた男。ナレーターは批判的に主人公を語る。

 ところで「生きた時間」とは何か。なぜ彼は「死骸も同然」で既に死んでいるのか。物語の主題はナレーターによって初めから提示されている。観るものは生きること、死ぬこととは何かについて、考えるよう促される。

 ナレーター曰く彼について「語ることが退屈でなくなる」のは、渡辺が胃癌に罹っていると知ってからである。1952年の公開当時、胃癌は不治の病であった。余命いくばくもない、つまり死が目の前に迫った時、彼は今までの人生を振り返り「生きること」を試みる。彼は、人を頼りながら「生きる」方法を探してゆく。しかし妻は昔に亡くし、息子夫婦は彼に冷たい。酒に溺れてみたが夜の生活は虚しい。転機が訪れるのは役所の退屈さに飽き退職した部下・小田切とよに出会ってからである。彼女の純朴な明るさに惹かれる渡辺は彼女にだけ、胃癌であることを告白する。渡辺には、とよが他の誰よりも「生きている」と感じられたからだ。そこで彼女に「何かを作ること」を勧められる。彼は天啓のごとくそれを受け止め『わしにも何かできる!』と悟る。そして彼は陳情に来ていた住民のために、小さな公園を作ろうと情熱を燃やす。

 ここから主人公は真に「生き」始める。しかし、真に生きようとする人間を邪魔するものがシステムである。渡辺を「死体」にさせたのも、とよを飽き飽きさせたのも、役所の煩雑極まりなく、利権が絡んだ機械に似た構造だ。映画の中で何回か渡辺は自動車に轢かれそうになる。公園建設の場面では、危うく工事車両の下敷きになるところであった。この描写は生きた死体たちによって運営=運転される役所の喩えであろう。そして時間を人に知らせるのも、時計という機械である。象徴的なシーンをあげよう。市役所の始業ベルが鳴り職員は役所の持ち場へ向かうのだが、彼は全く気にせず役所の外・公園建設現場へ急ぐ。主人公は「生き始めた」のだから「外的」に定められた機械的な時計の時間など、かつてのように気にはしない。時計の時間は物理的なものである。「生きた時間」を生きるということは、自分が情熱を注ぐ時間を生きることであって、密度の濃い「内的」なものである。内側から真剣に生きるということは、時計の時間を気にせず邁進することであろう。

 一方、時間とは残酷であることは確かだ。時間を戻すことはできないのだから、人は時間の流れを受け容れる他ない。余命が彼に時間の呵責なさを意識させる。だからこそ、限られた時間を想い寸暇を惜しみ何かを為そうと行動することが肝要なのだ。死を目前に控えて生き始めるという事実は残酷であるが、我々も主人公と同じ状況であることは認めざるを得ない。人間は時間の中で生きるのだが、逆に日々自分が死ぬ時間に向かいつつあるとも言える。渡辺は「生き始めた」時から口癖のように「私にはそんな暇はない」と行動し続ける。「生きた時間」を真剣に生きること。「生きること」は何かを為そうと試みることであり、無為に時間を過ごすことは死んでいることと同じだ。容赦ない時間の中で苦しみ、もがき、闘い何かを為すこと。これこそ人間が「生きる」ことである。時間の中での実存主義とも取れるこの映画は「生きる」ことの意味を問いただし、66年の時間を超え観るものを行動に促す強度を持っている。

白石・しゅーげ
1991年生まれ。文学部ドイツ文学専攻卒業。学習塾勤務。80年代音楽エンタメサイト”Re:minder”にてエッセイ連載中。福永武彦研究会所属。モリッシーをこよなく愛する、映画・音楽・文学好き。冨山房インターナショナルより2018年末に刊行予定の川本直・樫原辰郎編『吉田健一ふたたび』に白石純太郎名義で執筆。

【『ヱクリヲ』とは】
エクリヲ エクリヲ 批評家・佐々木敦の主宰する「映画美学校 批評家養成ギブス第三期」のメンバーを中心として、2014年11月に結成。映画・音楽・文学・美術といった領野を貫通する批評活動を展開している。現在は全国の研究者、批評家や「ゲンロン 批評再生塾」塾生とも協働し、雑誌やweb上で活動している。2018年11月下旬には最新号『ヱクリヲ9』(「写真のメタモルフォーゼ」「アダム・ドライバー 〈受難〉と〈受動〉の俳優」特集)を上梓、全国書店やディスクユニオン等、約100店舗で発売中。

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「生きる」
 好評発売中
 発売・販売元:東宝

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