スクリーンは語る

her/世界でひとつの彼女

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 主人公の男は、たいてい天と地の中間にいる。彼のライフスペースは高層ビルの一室にあり、そこからは大きな空やほかのビル群が見渡せる。音声認識OSに恋をする、〝地に足がついていない〟彼にぴったりのロケーションだ。だって顔も体も持たない、声と知性だけの人工知能を愛するなんて――。機械と人間、魂と肉体、そうしたもののあいだを行き来する彼自身を象徴するような部屋で、セオドア(ホアキン・フェニックス)とサマンサ(スカーレット・ヨハンソン)は仲むつまじく、あるいはときに大きなハードルを抱えて過ごしている。この部屋の窓から見える空の光は、いつも、まぶしいくらいにきらめいている。

 Siri、Amazon Alexa、Googleアシスタント、私たちの生活に身近になった音声AI。この映画はそうしたAIに恋をする、ほんのちょっと先の未来を生きている男の話だ。そこには、2つの異なる因子がどのように結びつくことができるかというテーマがある。男性と女性、ヒトと人工知能、そういう見方もあるけれど、声と文字、書き言葉と話し言葉、こうした2つの要素からなる「言葉」に焦点を当てている。セオドアは手紙の代筆を生業にしていて、彼が綴った手紙を音声AIのサマンサが読みあげる。そのような文字と音との交流は、2人の関係そのものを示している。セオドアの書いた文章をサマンサがまとめて創り上げた一つの書物もまた、まるで彼らの子どものようだ。

 セオドアは依頼者の心を翻訳してラブレターを書くことができるけれど、自分が本当に手紙を出すべき相手への言葉は見つけられずにいる。彼はサマンサと過ごすことで、ようやく自分の心の声を綴れるようになるけれど、そのときにはもう、彼女はいない。サマンサもまたセオドアを愛することで成長し、そしてそれゆえに彼と共に生き続けることができなくなってしまう。どういうことか。

 これは映画の中の話だけでなく、発達した機械学習型AIは私たち人間とは異なる原理を持つものだ。たとえば何か探し物をし、見つけたものを共有しあえても、そこに至るまでの過程がAIと人間ではまるで違う。同じ方法を取るけれど、AIはその処理スピードが人より早いという話でなく、対象を分析、定量化するといったそもそものアプローチ方法が異なるのだ。

 機械学習とOSのアップデートによって飛躍的に向上したサマンサは、独自の法則で時空間を捉えるようになる。彼女はセオドアとの会話を本を読む時間に例える。心から深く愛する本を読もうとするけれど、単語と単語の空白が無限に感じられ、ひどくゆっくりとしか読めない。時間が抽象化され、とりとめがなくなり、彼女はもはや人間のようには、物事を知覚することができなくなってしまったのだ。それは、セオドアとの〝共通言語〟を失ったことに他ならない。

 サマンサが去った後、セオドアは彼女と暮らした高層ビルの屋上に立つ。天と地の中間。彼は自分を囲っていた檻ともいえる空間の外へ出て、風に吹かれる。彼女とともに見た街の光を、今度はガラスの窓を介さずに、自分の目で直接眺める。

 本作は、ゲームクリエイターのデヴィッド・オライリーが作品を提供したことでも話題になった。室内にプロジェクションされた仮想空間を、人とAIとゲーム内キャラクターとで進むシーンは、彼らとの多角的な関係を示唆するゆえに印象的だ。近い未来、私たちはさまざまな他者と共生できる持続可能な道のりを、もっとも重要視して歩むようになるだろう。

松房子(まつ・ふさこ)
写真、アニメーション研究。イメージフォーラム・フェスティバル、オールピスト東京などにアーティストとして参加。批評誌『ヱクリヲ』5号に神代辰巳論を執筆。

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