スクリーンは語る

6才のボクが、大人になるまで。

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 映画の中で長い時間軸の物語が設定される場合、俳優個々の肉体的または心理的要素の変化が、時間相応に表現される。その同一性と差異の巧みな表現は、映画自体の評価基準ともなっている。しかし私たちは、俳優の身体に若さや老化などの細工が施され、その技巧が手本とされるような映画にあまりにも慣れすぎてしまってはいないだろうか。膨大な過去の情報に誰でも気楽にアクセスし遡行できる時代に、スクリーン上で仰々しく設定された時間の細工に、昔ほどの新鮮な驚きを感じていられるだろうか。

 スマートフォンでSNSを開いたり、昔撮影したデジタル写真にアクセスすれば、個人的な過去の記録はいたるところに存在し、求めればすぐ手に入るように感じられて久しい。例えば、手作りのアルバムだけで学生時代を思い出す時代と比べれば、蓄積された膨大な過去の情報は、個人の記憶自体を更新し続けている。いわば記憶は、単一的な時間軸上にあるのではなく、遍在する無数の束のようなものに絶えず接続され、絶え間ない変化にさらされている。そのような「生」の感覚が、現在の私たちの所与のものとして既にある。

 2002年に始まり2013年に至るまで、毎年3、4日のペースで撮影されたこの『6才のボクが、大人になるまで』 (2014年アメリカ、原題“Boyhood”)は、離婚した夫妻と残された子供の姉弟2人が、撮影当時の役を演じる設定のもと、その肉体にリアルな時間を刻み、外見上の変化で時の経過を観衆に知らせる。夢見がちの6才の男の子メイソンは、いつしか青年独特の陰影な表情をたたえた写真家志望の青年になり、テキサス州の大学へ入学するまでに至る。度重なる引っ越しや母親の再婚相手との喧嘩別れなどが印象的だが、単一の物語へと収斂することはなく、少年の成長と家族の出来事はむしろ淡々と、まとまりを欠いて描かれている。

 父役を務めたイーサン・ホークは、この映画を「人間のタイムラプス写真」と称している。ヴィデオゲームやキャンプで遊ぶ少年時代から、ポルノに関心を持ち、ドラッグに挑戦し、異性と付き合っていくという、少年期特有の自由さを獲得する、刻一刻と変化していくそんなプロセスが、まさに「撮影」され続けているかのようだ。ほろ苦い大人の現実との対峙、未来に対する期待感が共存し、そして世界は陰影に満ちたものへと日々変化していく、そんな特権的な青春の「生」が映し出される。しかし、息子を家から送り出そうとする日、結婚相手に恵まれず離婚を重ね、育児で苦労しながらも心理学で修士号を取り、講師として働く母親は、それが「私の人生で最悪の日」であり、自分の人生が「もっと長いかと思った」とその凡庸さを嘆くシークエンスがある。それ故、観客はこの作品を単一の物語で構成された、凡百の「青春映画」として感傷的に消費することが禁じられている。

 劇中において、年代を表す具体的な数値が出てこないのも特徴の一つと言える。しかし、物心がついた後で同時期を送ったならば、時代を象徴する多くの符号に気づかされる。主人公の子供時代に使用した昔のiMac、イラクへの派兵、ハリーポッターの出版記念会、オバマの大統領選などの時事的なネタ、多くの閲覧数を得たレディー・ガガの動画、投稿内容が親に監視される程度に広がっていくSNSの浸透。具体的な数字がないからこそ、観衆はそのとき実際に起きた過去を反芻する。すぐにその事象の裏にあっただろう、無数の可能性をも感じ取っていく。すると、徐々にこの登場人物たちの物語が「こちら」の世界のドキュメンタリーであるかのように感じるだろう。つまりこれは現在の私たちの記憶のあり方によく似ていて、現実に隣接する可能世界の一つであるかのような錯覚を与えるのだ。

 映画の最後の場面で、メイソンは引っ越してきたばかりの大学の寮にて新しく出会った友人たちと、広大な自然に囲まれたビッブベンドへとハイキングに出かける。ドラッグでハイになった友人が「すべての時間が目の前に広がっている」と言うのに応答するかのように、新しく出会ったばかりの女子に向かって、「一瞬は常に今ある時間だ」と静かに、しかしある種の確信をもって語る。そのとき、野性的な自然風景と共に、主人公の可変的な「生」の躍動感が、見ている観衆の時間へと迫ってくるようだ。

 膨大な情報に溺れる私たちの記憶のあり方へと侵入していく、その特異な制作方法。あったかもしれない過去、選択できたかもしれない未来、無数の可能性に満ちた時間の束自体が、思春期の少年の成長する姿を通して、観客に提供されている。12年にわたって登場人物のリアルな変化を克明に記したこの作品は、私たちの記憶の世界そのものをあたかも提示するようであり、同時に観客を可変的な「生」の時間へと誘う、稀少な作品だと言えるだろう。

大西常雨(おおにし・じょう)
ライター、翻訳家。 批評再生塾第二期。批評誌『ヱクリヲ』、音楽誌『intoxicate』『音楽の友』などに執筆。

【『ヱクリヲ』とは】
エクリヲ エクリヲ 批評家・佐々木敦の主宰する「映画美学校 批評家養成ギブス第三期」のメンバーを中心として、2014年11月に結成。映画・音楽・文学・美術といった領野を貫通する批評活動を展開している。現在は「ゲンロン 批評再生塾」や全国の若手研究者とも協働し、おもに20代の書き手を中心に雑誌やweb上で活動している。2017年11月28日には最新号『ヱクリヲ7』(「音楽批評のオルタナティヴ」「僕たちのジャンプ」特集)を上梓、全国書店やディスクユニオン等、約100店舗で発売中。

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『6才のボクが、大人になるまで。』
Blu-ray:1,886円+税/DVD:1,429円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

2018年6月の情報です。
商品詳細につきましては、下記公式サイトよりご確認いただけます。
URL:http://www.nbcuni.co.jp/

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