時間が息づく場

「凍れる音楽」とも称される建築は重層的な時間を内包している。街中の広場や路地にも歴史がある。そんな「とき」を感じさせる場を紹介する。

#07

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タウシュベツ川橋梁

「土木界のモナ・リザ」。私が勝手にそう呼んでいる土木構造物が北海道にある。廃線になった旧国鉄士幌線が通っていたコンクリートアーチ橋「タウシュベツ川橋梁」だ。なだらかな山を背景に「眼鏡橋」状の丸いアーチが並ぶ。全長130メートル、11連のアーチ橋だ。その優美な姿は他の土木構造物とは一線を画している。

旧国鉄士幌線は大正15年に帯広〜上士幌間の38キロが開通、昭和9年から14年にかけて上士幌〜十勝三股間が建設された。旧士幌線にはタウシュベツ川橋梁を始め、大小およそ60ものコンクリートアーチ橋がある。この頃の橋は鉄で造るのが普通だったが、鉄は遠く東京や大阪から運んでこなくてはならない。そこで現地で調達できる砂利や砂を活用し、使われ始めたばかりの新素材であるセメントで固めるコンクリートが採用された。一刻も早い開通を待つ地元の人のためにできるだけコストをかけず、かつ早期に完成させられる橋を、と考えた結果だ。

コンクリートアーチ橋が採用されたのはコストだけが理由ではない。昭和14年に制作された「音更線建設要覧」には「大渓谷美の間にコンクリート大アーチ橋を所々に配し、天然美と人工美との快調を計った」(原文カタカナの一部をひらがなに改めた)とある。またこの路線が国立公園にあることから、周辺景観にも配慮したという。大自然と融和する土木の美を考えた結果だったのだ。

だが戦後、車社会の到来や森林資源の枯渇にともない、旧士幌線は昭和62年に廃線となってしまう。タウシュベツ川橋梁も平成9年に解体の危機を迎える。その保存運動が契機となって生まれたのがNPO法人ひがし大雪アーチ橋友の会だ。彼らの尽力により平成10年に34のアーチ橋と線路跡を上士幌町が取得、ひがし大雪アーチ橋友の会が見学ツアーを行うなど、保存と情報発信に努めている。

今も残る旧士幌線のコンクリートアーチ橋の中でもタウシュベツ川橋梁が特別なのは、ダム湖の中にあることだ。この区間は昭和62年の廃線に先駆け、昭和31年に発電事業のために作られた糠平ダムのダム湖にあり、季節によって変動する水面によって橋の姿が現れたり見えなくなったりする。その年の気候にもよるが、おおむね6月頃から沈み出し、8月から10月は水面下に、1月ごろから湖面に頭を出す。全体像が見られるのは晩春だ。ゴールデンウィークなどは一番の見ごろになる。
タウシュベツ川橋梁
しかし、ここは冬はマイナス30度を下回る酷寒の地。コンクリートの隙間にしみ込んだ水が冬場に凍結し、アーチ橋を少しずつ崩していってしまっている。ここ十年ほどの間にも根元など、あちこちが崩れてきた。一部では鉄筋が飛び出ているところもある。2017年にはアーチ上部が大きく崩落し、今年こそはアーチ橋の見納めか、と思われた。2019年現在、崩れて細くなったアーチ部分がかろうじてつながった姿のまま、見学者を迎えている。

この崩落部分を修復するかしないのかは大きな問題だ。タウシュベツ川橋梁では立地がよくないこと、コスト面での懸念などから積極的な修復を考えてはいない。結果的に崩れるままとなっており、近年では“滅びの美学“的な景観を呈している。

19世紀イギリスの美術評論家であり、自ら絵も描いたジョン・ラスキンは「古建築の価値は経年変化にあり、修復は破壊である」と主張していた。古い絵画でも以前は傷んだところを塗りつぶしてしまったり、勝手に壁の模様を変えたり、人物の持ち物を変えたりしてしまうといった乱暴な修復が行われたこともあるが、近年ではできるだけオリジナルの状態に戻し、手を加えたところが必ずわかるように詳細な記録を残すこととなっている。

時代を経た建造物や土木構造物に関して、ヨーロッパなどではラスキンの思想が背景にあるのか崩れた、あるいは汚れた姿のまま放置しているものも多い。家などでも古いもののほうが珍重されることがある。そういった“古色”がついたものを新しく造ることは難しいからだ。18世紀フランスの画家、ユベール・ロベールは朽ちてしまった巨大建造物のある風景を描き、「廃虚の画家」として人気を博した。

日本でも茶碗などではそういった古びた味わいが重視されるのだが、土木構造物などになると塗り直したり部材を交換したりしてきれいにしてしまうことがある。現役で使っているものであれば安全性も考慮しなくてはならないから、そういったメンテナンスも必要だろうが、タウシュベツ川橋梁はすでに廃線になっている。個人的にはこのまま崩れていくのも一興だと思う。季節によって湖面から顔を出したり雪に埋もれたり、といった変化を楽しむほか、数年経って訪れることで時の流れを味わうことができるからだ。私が訪れたのは2011年、そのあと大きく姿を変えているので、完全に崩壊する前にもう一度見てみたいと思っている。レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」は永遠の微笑みを浮かべているけれど、土木界のモナ・リザは堅固に見えるものであっても永遠でないことを教えてくれる。

※写真は2011年5月撮影

〈データ〉

北海道河東郡上士幌町ぬかびら源泉郷

青野尚子(あおの・なおこ)

青野尚子(あおの・なおこ)
建築・アートを中心に執筆。ときどき土木も。共著に「新・美術空間散歩」(日東書院本社)、「建築がすごい世界の美術館」(パイ・インターナショナル)。

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