時間が息づく場

「凍れる音楽」とも称される建築は重層的な時間を内包している。街中の広場や路地にも歴史がある。そんな「とき」を感じさせる場を紹介する。

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名古屋城本丸御殿

400年前に建てられ、太平洋戦争で焼失してしまった名古屋城本丸御殿。長らく空き地だったところに元通りのまっさらな姿で建て直され、第1・2期の公開を経て2018年6月に第3期を含む全体が公開された。何もなかったところに400年前の光景が出現する、タイムトリップのような体験だ。

名古屋城は徳川家康の九男であり、初代尾張藩主、徳川義直の居城として建てたもの。1610年から造営が始まった。が、1945年の太平洋戦争末期、空襲で焼け落ちてしまう。戦後、建て直された天守閣が鉄筋コンクリート造なのに対して、今回第3期までの工事を終えて公開された本丸御殿は400年前の工法をそのまま再現した木造の建物だ。現場には石の基礎(礎石)が残っていたが、保存のため埋めて、その上にわざわざ同じ形の礎石を据えた。礎石の上に立てる柱は石の凹凸にあわせて断面を削っている。

屋根は創建当初のこけら葺きに、柱や梁は釘を使わず、木をパズルのように切り欠いて組み立てる継手・仕口という伝統的な工法だ。壁は竹を組んだ土台に土や漆喰を塗ったもの。いずれも最近の建物ではあまり使われない工法だから、名古屋はもちろん、京都や日光からも職人を呼び寄せて実現させている。名古屋城天守閣と本丸御殿は1930年に国宝に指定され(城郭としては第一号だった)、実測図面や写真が残っていたのも幸いした。それにしてもここまで何もかも元通りに、という工事は執念としか言いようがない。

建物以上にすごい修復をしたのが障壁画の数々だ。狩野派の絵師たちによる障壁画は戦況が激化した際に疎開していたため難を逃れ、その後天守閣などで随時公開されてきた。最近では京都・建仁寺などのように保存のため、寺内では高精細複製を展示し、本物は傷まないように保存する例もある。新築した名古屋城本丸御殿では400年の時を経た絵画をそのまま、あるいは高精細複製を取り付けるのではなく、あらたにすべて描き直した。担当した画家によると、きらびやかな着彩画より水墨画のほうが難しいのだそう。確かに水墨画はやり直しがきかなさそうだ。
名古屋城本丸御殿01 江戸時代にはごく限られた人しか入ることのできなかったこの御殿は、ありがたいことに今では入場料を支払えば誰でも上がらせてもらうことができる。まず玄関からして堂々たる構えだ。ここには「来訪者を威圧すべく、勇猛な虎図が描かれていた」と名古屋城発行の図録「本丸御殿の至宝」にはある。確かに虎なのだが、目が大きくてどことなく愛嬌があるのがかわいい。当時の日本には生きた虎はおらず、絵師たちは中国絵画の虎をまねたり、毛皮から想像して描いていた。顔つきだけでなく、子供の背中をなめる豹(豹は当時メスの虎と信じられていたので、ここでは母虎になる)など、絵柄もほのぼのしている。絵師は勇壮なつもりかもしれないが、妙にかわいい雰囲気なのが面白い。

大廊下を進むと公的な謁見の場だった表書院が現れる。ゴージャスな金地に桜や雉子(きじ)、松、楓、麝香(じゃこう)猫などが描かれる。さらにその奥には藩主や身内など、ややプライベートな謁見が行われる対面所が続く。こちらには御殿には珍しい風俗図が描かれる。庶民の漁や田植えと刈り入れ、囲碁などの様子が表されるのだ。殿様が使う建物になぜこんなものが描かれたのか、対面所次之間の風俗図は、初代義直夫人の故郷和歌山の光景だという説があり、婚儀がここで行われたのではないか、と言われている。ベルサイユ宮殿の田舎の農村を模したエリアなども思い出す。

さらにその奥の上洛殿を中心とした一角が今回、公開されたエリアだ。ここは1634年(寛永11年)、三代将軍徳川家光の京都上洛にあわせて造られたもの。本丸御殿の中でも最高級に格の高い場所だ。飾り金具も天井も一段と凝ったデザインになる。ここで面白いのは湯殿書院。つまりは風呂なのだが、当時は小さな小屋の下でお湯をわかし、蒸気にあたるサウナ方式だった。たっぷりとお湯がはられた湯船に浸かるのは庶民の楽しみだったのだろうか。湯殿書院には座敷が三室ついていて、ここで飲食をした可能性もある。風呂上がりに一杯、などという粋な宴会が開かれていたのかもしれない。
名古屋城本丸御殿02 建物は新築で、あえて古色をつけたりはしていないからどこも白木の輝きがまぶしい。ほのかにすがすがしい木の香りもする。絵も保存されているオリジナルのものに比べると、描き直したものは色が鮮やかで派手な印象を受ける。「わび・さび」という雰囲気ではない。が、徳川家の好みは本来こういった華やかなものだったのだ。本丸御殿に限らず、私たちが目にしている日本美術や古建築の中には、元は極彩色に彩られていたものも多い。それらは長い時を経て絵の具が剥落したり、色あせてきたりして「わび・さび」な雰囲気を纏うようになったものだ。「わび・さび」のみが日本文化の本質である、と考えるのは誤解だ。そもそも将軍が目にしたのはきらびやかなこの御殿なのだ。そう考えると殿様の豪壮な気風が想像されて、一際感慨も深い。すべてが真新しい御殿を歩き回った義直はさぞ気分がよかったに違いない。新築の御殿で、400年前の殿様の心持ちが伝わってくる。

〈施設データ〉

愛知県名古屋市中区本丸1番1号
tel. 052-231-1700
入場料:一般500円(名古屋城の入場料。現在、天守閣は閉館)
開館時間:9:00~16:30(本丸御殿への入場は16:00まで。2018年8月31日までは〜17:30、本丸御殿への入場〜17:00)
休館日:12月29日~31日
http://www.nagoyajo.city.nagoya.jp

青野尚子(あおの・なおこ)

青野尚子(あおの・なおこ)
建築・アートを中心に執筆。ときどき土木も。共著に「新・美術空間散歩」(日東書院本社)、「建築がすごい世界の美術館」(パイ・インターナショナル)。

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