時間が息づく場

「凍れる音楽」とも称される建築は重層的な時間を内包している。街中の広場や路地にも歴史がある。そんな「とき」を感じさせる場を紹介する。

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東京国立博物館

日本でもっとも長い歴史をもつ博物館である東京国立博物館。通称「トーハク」。その歴史は150年近く前、明治5年(1872年)まで遡る。湯島大聖堂で文部省博物館が最初の博覧会を開いたのが始まりだ。その頃は美術工芸品だけでなく標本や機械、動物、植物まで幅広く収集・陳列する総合博物館だった。その後動物は動物園に、標本類は国立科学博物館に、図書は国立国会図書館へと枝別れしていく。日本のミュージアムやデータ保存施設の祖先と言っていい存在だ。

こうして役割分担がされたとはいえ、現在の東京国立博物館の収蔵品は11万件以上。この膨大な収蔵品のうち、この博物館を代表するものは何だろう? パリのルーヴル美術館なら誰もが「モナリザ」と答えるだろうが、東京国立博物館では何度も通っている人でもこれ、と答えられる人は少ないかもしれない。その理由の一つは一般的に日本美術が油彩画などの西洋美術に比べて脆弱(ぜいじゃく)なことにある。とくに植物染料を使った浮世絵は展示しているだけでどんどん退色してしまう。だから東京国立博物館では保存のため頻繁に展示替えをしている。行けば必ず見ることのできる作品の方が少ないのだ。

東京国立博物館では広大な敷地にいくつもの建物がある。正門を入ると正面に見えるのが本館、特別展が行われると行列ができるのが平成館だ。東洋館ではインドの仏像や中国絵画などが見られる。法隆寺宝物館には飛鳥時代を中心とする法隆寺の宝物が並ぶ。表慶館は通常非公開だが特別展示が行われることもある。さらには転合庵や応挙館など一般公開はされていないが、申し込めば茶会などに利用できる施設もある。 東京国立博物館01 主要な展示館を見ていくとゆうに丸一日はかかるだろう。敷地内にはカフェやレストランもあるから休憩しながら見ていくのも楽しい。でもどうしても時間がない、という人には本館2階を一回りするのがお薦めだ。「口」の形に連なる展示室には縄文・弥生時代から明治・大正時代まで、数千年に及ぶ日本美術史がおおむね時代順に並ぶ。ぐるっと巡っていくことで日本美術の「時」を味わえる。

「日本美術の流れ」と題された本館2階の展示は「日本美術のあけぼの」から始まる。岡本太郎がその美を見出した縄文時代の火焔型土器や弥生時代の銅鐸、古墳時代の埴輪などは教科書で見たことがある人も多いだろう。次の仏教美術のコーナーでは仏像のほか曼荼羅や、かつての鮮やかな色合いをしのばせる観音や菩薩の絵に引き込まれる。「禅と水墨画」ではときに雪舟の障壁画などが展示されていたりする。「武士の装い」では変わり兜が面白い。栄螺(さざえ)の貝殻や鉢巻きのようなもの、細い棒がマンガのように放射状に突き出たものなど、真面目に戦う気があるとは思えないデザインについ笑みがこぼれる。変わり兜は大型化し、戦闘員が増えた当時の戦いの場でリーダーをわかりやすくする役割もあったという説もある。武将はこんなスペシャルな兜を身につけることで自らを鼓舞していたのかも知れない。

「屏風と襖絵」はたいてい、3面ある展示ケースに1件ずつ絵画が並ぶ見応えのあるコーナーだ。狩野派や長谷川等伯など一流の絵師たちが描いた大画面の絵には金箔が貼られるなど、華やかな気分になれる。桜や紅葉など、季節を感じさせる屏風や襖絵も。貴族や大名も庭で、またこれらの障屏画で移りゆく時を感じていたのだろうか。

続く工芸のエリアでは尾形光琳や野々村仁清らの陶磁や漆工など、有名作品が登場することがある。浮世絵の、鳥居清長や鈴木春信の描く少女は当時のアイドルだったことだろう。歌川広重の風景画の大胆なパースにも驚かされる。ただし前述した通り、これらすべてが必ず展示されているとは限らない。彫刻や工芸は約3ヶ月、浮世絵は約1ヶ月のサイクルで入れ替わっていくから、毎月通うといつかはコンプリートできる計算になる。
東京国立博物館02 東京国立博物館は建築ミュージアムとしても楽しめる。本館は建築家、渡辺仁の設計で昭和13年(1938年)に建てられたもの。四角いコンクリートの箱の上に堂々たる和風の屋根が載った「帝冠様式」と呼ばれる独特のデザインだ。谷口吉郎の手による東洋館はコンクリートによる和風表現がみごと。通常非公開の表慶館は大正天皇のご成婚を記念して宮内省技師だった片山東熊(とうくま)が設計した、ネオ・バロック様式の壮麗な建物。その裏手にある法隆寺宝物館は谷口吉郎の子であり、同じく建築家の谷口吉生の手によるものだ。すっきりとした直線による構成は日本建築の新しい美を感じさせる。建物だけでなく、池に木々の緑が映る庭園を散策するのも楽しい。

「一期一会」「無常」など時や季節の移り変わりに一際敏感な日本の感性。日本で一番古い国立博物館というと堅苦しく感じるかもしれないけれど、トーハクは時を愛でる感性を五感で味わうテーマパークのような場所なのだ。

〈施設データ〉

東京都台東区上野公園13-9
tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル・利用案内や展示・催し物に関する問い合わせ)
入場料:一般620円(特別展は別途)
開館時間:9:30~17:00
毎週金曜、土曜日は21:00まで、4月~9月までの日曜、祝・休日は18:00まで
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜(祝日は開館、翌平日休館)、年末年始
http://www.tnm.jp

青野尚子(あおの・なおこ)

青野尚子(あおの・なおこ)
建築・アートを中心に執筆。ときどき土木も。共著に「新・美術空間散歩」(日東書院本社)、「建築がすごい世界の美術館」(パイ・インターナショナル)。

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