人間と時間

#17

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三四郎

熊本から上京した青年 三四郎の青春、特にその恋愛と失恋を描いた『三四郎』は明治41年に朝日新聞に連載された、夏目漱石の長編小説である。誰もが経験する青春時代の戸惑いや不安が漱石一流の筆致で活写され、その瑞々しさは発表から百年以上を経たいまも一向に失われていない。

熊本の高等学校を卒業した大学生 小川三四郎は、東京へと向かう汽車の車中で「面長の瘦せぎすのどことなく神主じみた」男と乗り合わせる。時は明治の終わり。日露戦争に勝利し、「一等国」の仲間入りを果たした日本の発展を疑わない三四郎に対して、男はひとこと「亡びるね」と言い、こう続ける。

「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」で一寸(ちょっと)切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
「日本より頭の中の方が広いでしょう」と云った。
(夏目漱石『三四郎』新潮文庫 P21)

この神主じみた男=広田先生は東京の高等学校の英語教師であり、後に三四郎のよき相談役となる。

上京した三四郎は、ある時、大学構内の池の端にしゃがんで、ぼんやりと将来について考えていた(ちなみに三四郎は東大生である)。ふと目を上げると、左手の岡の方に二人の女が立っている。鮮やかな色の着物を着た若い女と、もう一人は看護婦のようだ。若い方は夕日がまぶしいと見えて、額のところに団扇(うちわ)をかざしている。その「色彩」に三四郎が見惚れていると、二人は石橋を渡ってこちらに近づいてきた。

二人の女は三四郎の前を通り過ぎる。若い方が今まで嗅いでいた白い花を三四郎の前へ落して行った。三四郎は二人の後ろ姿を凝と見つめていた。(…)
三四郎は茫然(ぼんやり)していた。やがて、小さな声で「矛盾だ」と云った。
(P29)

これが三四郎と美禰子の出会いだ。

こうして三四郎には三つの世界ができた。第一の世界は母が暮らす郷里、熊本である。ここではすべてが平穏であり、かつ、すべてが寝ぼけている。帰ろうと思えばいつでも帰れるが、よほどのことがなければ帰る気にはなれない。第二の世界は苔の生えた煉瓦と書物に囲まれた学問の世界である。この世界にいる人の服装はきたなく、生活は貧乏だが、彼らは太平の空気を存分に呼吸して、安らかに落ち着いている。広田先生はこの世界にいる。第三の世界は時々刻々と変化していく東京の街である。電車が走り、電燈があり、銀匙(さじ)がある。春のように輝き、うごめき、あちらこちらで歓声と笑い声があがる。美禰子がいるのはこの世界だ。

この三つの世界は、よく見ると、三四郎の過去・現在・未来に対応していることがわかる。第一の世界=生まれ育った熊本が「過去」であるのは言うまでもないだろう。大学に在籍し、やがては学問に身を捧げる三四郎にとって第二の世界は「未来」であり、広田先生は自分自身の未来の姿である。そして、美禰子のいる「現在」。おもしろいのは三四郎が「過去」はもちろん、「未来」についてもおおむね分かった気になっているのに対し、「現在」については何一つとしてわかっていないということだ。そのことを象徴しているように思われるのが、菊人形の見物で一行からはぐれた三四郎と美禰子が言葉を交わす次のシーンだ。

美禰子は三四郎を見た。三四郎は上げかけた腰を又草の上に卸した。その時三四郎はこの女にはとても叶(かな)わない様な気が何処かでした。同時に自分の腹を見抜かれたという自覚に伴う一種の屈辱をかすかに感じた。
「迷子」
女は三四郎を見たままでこの一言を繰り返した。三四郎は答えなかった。
(P124)

「迷子」が美禰子の心を測りかねている三四郎の心情の比喩となっているのは見やすい。しかし、それは同時に「過去」と「未来」の間にあって、どこへ行くのか、どう変化していくのかわからない「現在」をも表象しているのではないだろうか。

私たちはふつう時間を、過去・現在・未来と流れるものだと理解している。しかしこの三つは、もしかしたら、三四郎の三つの世界と同じように共存しているのではないか。「過去」は過ぎ去ったものではなく、「未来」は未だ来たらぬものではなく、両者は「迷子の現在」と共に生き、その都度何らかの指針を与えているのではないだろうか。そして、その三つはすべて、私たちの「いのち」の中にある。

冒頭の広田先生の言葉にならえばこういうことだ。来年終わりを迎える平成より、三四郎や漱石の生きた明治は長い。明治より日本の歴史は長い。しかし、その日本の歴史より、私たちの人生は長いのだ。

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