人間と時間

#14

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徒然草

「つれづれなるままに、日暮らし硯に向かひて…」からはじまる『徒然草』は、吉田兼好が48、9歳の頃に書かれた随筆である。50歳手前の働き盛りなのに「つれづれ(=何もすることがない)」なんて……と思うかもしれないが、そこは今から700年も前のこと。当時の平均寿命がおよそ30歳だったことを考えると、50歳手前は立派な老境だといえる。兼好自身、「四十そこそこで死ぬのが無難」とまで言っているのだから、何もすることがなくても不思議ではない。

『徒然草』は序段を含めて244段からなるが、その中には「無常」をテーマにした話が多い。無常とは、「一切の物は生滅・変化して常住でないこと(広辞苑第六版)」。たとえばこんな話。

飛鳥川(あすかがわ)の流域が洪水のたびにさま変わりしてきたように、人の世は無常であるから、時代が移り、社会が変わり、歓楽と悲哀とは交替して現れる。栄華を誇った豪邸のあたりも、いつしか無人の野原と変わり、昔のままの住居も、実は住人がまったくの別人に変わっている。桃や李は、昔のままに花を咲かせるけれども、人間の言葉を話せないから、結局、昔を語り合う相手はいないことになってしまう。まして、見たこともない遠い昔の貴人の御殿の跡は、いっそう強く無常を感じさせる。(吉田兼好 角川書店編『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 徒然草』P60)

「遠い昔の貴人の御殿」というのは、平安時代に栄華を誇った藤原道長が造営した法成寺(ほうじょうじ)のこと。子孫繁栄を祈願して造営し、莫大な維持費を費やしたその法成寺も、兼好の時代にはすっかり荒れ果て、かつての権勢は感じることはできない。「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり…」という平家物語の一節を思い起こすような話だ。満開の桜がやがて散るように、栄華を極めたものもやがては衰退する。人の世はまことに儚い。しかし兼好はその儚さ、無常をネガティブなものとして嘆いているのではない。物事が最も栄えているときや、完全な状態だけに価値があるわけではないというのだ。

たとえば、月を覆い隠している雨に向かって、見えない月を思いこがれ、あるいは、簾(すだれ)を垂れた部屋に閉じこもり、春が過ぎていく外のようすを目で確かめることもなく想像しながら過ごすのも、やはり、優れた味わい方であって、心に響くような風流な味わいを感じさせる。(P173)

何事においても、最盛そのものではなく、最盛に向かう始めと最盛を過ぎた終わりとが味わい深いものなのだ。(P175)

ピークそのものより、むしろ、その前後の始まりや終わりにこそ価値があるという。男女の恋愛においても、相思相愛で結ばれるだけでなく、遠い場所にいる相手に思いを馳せたり、結ばれない辛さに悩んだり、相手の変心によって破れた恋を嘆くところにこそ、恋愛の真味があるというのだ(兼好は出家しているわりに、男女の性質や情愛について細かい分析を行っている)。そして、今度は祭の見物を例にとり、無常を味わうことを説く。

祭の日、どこからともなく街一帯に葵(あおい)の葉が掛けわたされて、優雅な情景が広がり始める。そんな中を、まだ夜の明けきらないころ人目につかないように、見物にいい場所を求めていくつもの牛車(ぎっしゃ)がそっと寄せてくる。(…)日の暮れるころ、立て並べてあった多くの車も、すきまなく並んで座っていた見物人も、どこへ行ってしまったのだろう。(…)祭の行列だけではなく、この日の大通りの変わりゆくさまを味わうことこそ、ほんとうに祭を見たといえるのだ。(P182)

祭の行列を人生の「青年期・壮年期」だとするなら、祭の始まりと終わりはそれぞれ「少年期」「老年期」に当たるだろう。気力体力ともに充実する青年期・壮年期は、恋に仕事に子育てにと、にぎやかな時間が過ぎていくものだ。たくさんの人と交わり、会社や社会に貢献することで、自己の存在価値も確立される。しかし、そこに至るまでには保護してもらわなければ生きられない少年期があり、その後にはゆっくりと衰退していく老年期が待っている。にもかかわらず私たちは、青年期・壮年期こそが人生だと考え、未熟だった少年期や、やがて来る老年期から目を背けてはいないだろうか。特に、年をとることを極端に忌避する現代の風潮は、時に滑稽にさえ思える。いつまでも若くいたいのは人の性(さが)だとしても、それではほんとうに生きたことにはならない。無常の世とともに、自分自身の無常を味わうことこそが、人生の醍醐味ではないだろうか。

「四十そこそこで死ぬのが無難」と言った兼好は、結局七十余歳まで生きた。少々皮肉な長寿ではあるが、きっと、人の世とわが身の無常を味わい尽くした一生だったことだろう。

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