人間と時間

#06

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時よ、とどまれ、おまえはじつに美しい

『ファウスト』はドイツの文豪ゲーテがその生涯をかけて著したとされる不朽の名作だ。人々の尊敬を一身に集めながらも、天界のものにあこがれて人生に絶望し、あわや自殺を図ろうとする学者ファウスト。その彼のもとに「主」と賭けをした悪魔メフィストフェレスが現れて契約を持ちかける。死後の魂と引き換えに、いままで味わったことのないような「いい思い」をさせてやるというのだ。ファウストはこれを受ける。



かための握手だ! そうだ、こうしよう、もしとっさにいったとする、時よ、とどまれ、おまえはじつに美しい――もし、そんな言葉がこの口から洩れたら、すぐさま鎖につなぐがいい。よろこんで滅びてゆこう。
『ファウスト第一部』ゲーテ 池内紀訳 集英社文庫

メフィストフェレスに言われるまま魔女の薬を飲んで若返ったファウストは、かつて体験したことのない様々な出来事と遭遇する。町娘マルガレーテとの恋とそれに続く悲劇、皇帝への大いなる貢献と重用、古代ギリシアきっての美女ヘレナを冥界(?)からつれだし、やがてその間に一子をもうける。書物に埋もれて身動きならなかったファウストの心身は解き放たれ、悪魔を従えて、欲望の赴くまま、縦横無尽に馳せめぐる。



この手に所有したい。行為がすべてであって、名声など何でもない。(P330)
『ファウスト第二部』ゲーテ 池内紀訳 集英社文庫

しかし、やがてその時がやってくる。海をせき止めて新たな領地をつくり、自らその領主となったファウストは、メフィストフェレスを呼びつけて沼地の干拓を命じる。



多くの人々のための土地ができる。(…)どのように危険にとり巻かれていても、子供も大人も老人も、意味深い歳月を生きる。そんな人々の群れつどう姿を見たいのだ。自由な土地を自由な人々とともに踏みしめたい。そのときこそ、時よ、とどまれ、おまえはじつに美しいと、呼びかけてやる。(P406-407)
同書

こうして、ファウストの「時」は終わる。意外なのはこのセリフが、快楽のただ中ではなく、これから先の事業と、それによってもたらされる人々の幸福を想像して発せられたということだ。メフィストフェレスの力を得て、望むものすべてを手に入れることができても、なお、ファウストが満ち足りることはなかった。書物がうずたかく積まれた部屋で、天界にあこがれていた時と同じように。




してみると、幸福とは「満ち足りたいま」ではなく、「未来」によって基礎づけられているのではないだろうか。キェルケゴールは絶望のことを「死に至る病」と呼んだが、未来への希望こそが私たちの「いま」を輝かせるのだ。などと大仰に言い立てるまでもない。そんなことは子どもの頃から分かっていたことだ。誰もが一度は思ったことがあるだろう。遠足の前の日がいちばん楽しい、と。



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