私の時間デザイン

#12

メインビジュアル

コミュニティデザイナー 山崎亮氏住民自らが参加する
コミュニティデザインで、
豊かな人生とまちづくりを
実現する

地方創生が叫ばれるようになって久しいが、昨今の少子高齢化の進行ともあいまって、地域の活力低下はより深刻さの度合いを増しているともいえる。こうしたなか注目されているのが、住民自らが参加して行うコミュニティデザインによるまちづくりである。そんな新時代のまちづくりを各地で実践している、コミュニティデザイナーの山崎亮さんにお話しを伺った。

山崎亮(やまざき・りょう)

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学農学部、メルボルン工科大学環境デザイン学部を経て、大阪府立大学大学院および東京大学大学院修了。建築・ランドスケープ設計事務所勤務を経て、2005年にstudio-Lを設立。地域の課題を地域に住む人たちが解決するためのコミュニティデザインに携わる。現在は、studio-L代表、東北芸術工科大学教授(コミュニティデザイン学科長)、慶應義塾大学特別招聘教授。主な著書に『コミュニティデザイン(学芸出版社)』『コミュニティデザインの時代(中公新書)』『コミュニティデザインの源流(太田出版)』『地域ごはん日記(パイ・インターナショナル)』などがある。

聞き手:日本能率協会マネジメントセンター 専務取締役 張士洛

多様な意見を引き出す
対話の本質



人の話を否定しない
「イエス・アンド法」で
アイデアを引き出す

 張:まちづくりの課題は地域によってさまざまだと思うのですが、コミュニティデザインでは、それらの課題をどのように解決していくのですか。

山崎:地域の課題解決を進めるとき、何か「モノ」をつくれば状況が改善すると思われがちですが、実際にはそうではないケースの方が圧倒的です。そのような時には、解決策そのものではなく、解決策を導くプロセスを提案する必要があります。コミュニティデザインでいちばん重要なのは住民参加です。我々専門家だけで決めるのではなく、住民に参加してもらって話し合い、自分たちでこんなことができるんじゃないかという提案をしてもらう。私たちは、その意見を整理して施策へと落とし込んでいく。そういうふうにすると、行政が総合計画のなかに位置づけた施策を住民が主体的にやりはじめるようになります。課題解決に住民が主体的に参加することが大切だと思っています。

 張:地域住民との話し合いによって課題の本質を掘り下げていくということですね。住民の方々が参加する現場で大事なことは何でしょうか。

山崎:大前提は、相手の話を否定しないということですね。地域の方々は、まちづくりの専門家ではない場合がほとんどです。そういう方のお話の中には、我々プロからすると、いままでの経験から無理だとわかっている意見もあります。でも、話を聞かせてほしいといって来ていただいている以上、「それは無理だ」と否定するわけにはいきません。「なるほど、そうですね」と言いながらお話をお聴きして、そこから、気づきを与えられるような対話が生まれるよう心がけています。

 張:住民同士の話し合いだと、ご年配の方と若い方の意見が対立することもありそうですね。

山崎:プロジェクトのスタートの時点では、私たちがまず個別に参加者の話をお聴きします。場合によっては100人くらいのお話を聞いて、ある程度打ち解けたところで住民同士が話し合うワークショップを開きます。このワークショップでも、始める前に否定的なやりとりをしないような練習を実施します。「いいですね、ならばこうしましょうよ」ということをお互いに言い合う「イエス・アンド(yes, and)」というやり方です。

 張:それはどのようなものですか。

山崎:参加者にまず二人一組になってもらい、一方の人に対して何でもいいから相手を誘ってください、と指示します。たとえば、「きょうの夜、うちにごはんを食べに来ませんか」と誘う。でも、誘われた相手には、あらゆる理由をつけてそれを断ってもらいます。その日は家族でごはんを食べるからとか、仕事の会合があるからとか、とにかく断り続ける。すると、もう誘おうという気持ちがなくなってしまうんです。最初にこれを経験してもらった後、今度は、誘われたほうに「いいですね、ではこうしましょう」という提案をしてくださいと指示します。「今晩飲みに行きましょう」と誘われたほうは、「いいですね」と受け入れてさらに提案しないといけませんから、「では、うちの家族を全員つれていきましょう」と言う。返すほうは、「いいですね、では僕は社員全員つれていきますよ」と。するとまた、「いいですね、じゃあ焼肉屋さんを貸切にしましょうか」と。さらにまた「いいですね!」と続いていくわけです。このように、とにかく「いいですね」で話をふくらませていくことを経験してもらう。そうすると、否定形で返されるときとは気持ちが全然違うことに気づきます。これがイエス・アンドの会話法です。ワークショップの最初にこれを経験してもらうと、「そんなのはできねえ」と否定がクセになっているおじさんも、他のメンバーから、「今日はイエス・アンドですよね?」と言われると、「あっ、そやな」と気づいてくれます。こうやって、いいアイデアに行きつくまでの会話の続け方を学ぶわけです。

ブレストだけで
いいアイデアは
得られない




事例をとことん調べることで、
実のある意見を引き出す

 張:ワークショップでは、チーム全体で課題設定をして、共通の目的意識を持つことが大切だと思いますが、そこに到達するまでに、どれくらいの時間がかかるものですか。

山崎:チームで話し合いをすると、大体200~300のアイデアが出てきます。その中には、かなり長い期間をかけなければ実現できないものもあれば、いますぐにでも実現できるものがあります。また、必要な人手にしても、10人でできるものから、100人、1000人集めなければならないものが出てきます。すると、少人数ですぐに始められることがいくつか見つかるので、まずはそこから着手していきます。

 張:時間と人手という整理の仕方は面白いですね。プロジェクトのチーム分けにもそれぞれ特徴や違いが出てくると思いますが、ブレストでいい意見を引き出したり、チーム内のコミュニケーションを促進したりするためにどういうことに気をつけていますか。

山崎:「インプット(学習)なきところによきアウトプット(成果)なし」といいます。みんながただ集まっただけで、いいアイデアが出るとは限りません。その場の思いつきをいくら集めても、なかなかグッドアイデアにはならないのです。我々のワークショップでは、テーブルに着く前に、いまやろうとしているプロジェクトに関して100の事例を集めてみようということをよくやります。もし、流しそうめんをやりたいのだったら、日本中の流しそうめんの事例を100集める。カフェをやりたいのならば、同じようにカフェの事例を100集める。みんなが手分けして100の事例を集めたら、今度はそれを紹介し合って読み込んでいく。すると、そのなかから10個くらいは「これはすごい」と感動する事例があるものです。その10個については、もっと詳しい情報を調べる。今度はさらにそれを3つに絞って関係者の話を聞きに行き、写真も撮って、十枚くらいの資料にまとめてみる。そうすると、チームのメンバーの頭の中には100と10と3の事例が要素ごとに整理された状態で「わがまちではどうする?」と話し合いが始まることになります。そういう事例のインプットがあると、「うちのまちだったら、〇〇さんがいるから、あそこのスペースを使って実際に…」というように、具体的な意見が出てくるようになるのです。

 張:まちづくりの経験のない人でも、事例を学びながら進めていけるようにファシリテートするわけですね。

建築、
ランドスケープ、

そしてコミュニティデザイン



誰もが思いつかないような
意外性が求められる。
それが「デザイン」の本質

 張:山崎さんは、元々はデザイナーとして建築や公園のデザインをされていたと伺っています。建築やランドスケープとコミュニティデザインの違いはどんなことでしょうか?

山崎:まず、建築とランドスケープデザインにも違いがあります。建築は竣工したときが一番いい状態で、時間が経つとだんだん劣化していきます。それに対して、ランドスケープというのは、デザインが完了したときは植えてある木もまだひょろひょろですが、時間が経つにつれて茂っていき、どんどんいい状態になっていく。ですから、建築の場合は竣工時に写真を撮ってほしいのですが、ランドスケープデザインの場合、できたての頃の写真は撮られたくない。木が育ち、枝ぶりも良くなった10年後くらいに撮ってもらいたいのです。そう考えると、コミュニティデザインは、ランドスケープデザインのほうに近いですね。人々がアイデアを出し合いながら活動し始めた頃というのは、まだ頼りない状態に見える。流しそうめんを一回やって成功したとか失敗したとか言っているくらいですから。でも何度かやっていくうちに、もっと違うアイデアや人の巻き込み方が出てきたりして、大きな効果を発揮するようになるんです。

 張:人が成長していくという意味でも、コミュニティデザインはランドスケープデザインに近いといえますね。

山崎:一方、建築、ランドスケープデザイン、コミュニティデザインの3つで共通しているのは、いままでちょっと思いつかなかったような方法で課題を解決していくこと。たとえば、家を建ててほしいという依頼があったとき、広いリビングがほしい、風呂も温泉みたいな広いものがほしい、ベッドルームも豪華にしたいという要望があった。ただし、うちの敷地は5坪しかない(笑)。予算も500万円だけ。そんな話を受けたときに、建築のプロとして「その手があったか」というような解決策を出せるかどうか。たとえば、あなたの家の隣は広い公園だからそこをリビングだと思ってください。近くの銭湯の大浴場を自分の家の風呂だと考えましょう、とか(笑)。坪数も予算も限られている中で「その手があったか!」というような解決策を提示する。コミュニティデザインも同じで、地域の人々と新しいアイデアを出していくときにも、当たり前のやり方ではすぐに陳腐化してしまうし、根本的な解決にはならない。常に「なるほど、そういうやり方で乗り越えようとしようとしているのか」という意外性が必要になります。

コミュニケーション
デザインと

コミュニティデザイン


「効率化」は時間と
費用だけでは測れない。
貨幣資本でなく時間資本で
プロジェクトを動かす

 張:素朴な疑問なのですが、コミュニケーションデザインと、コミュニティデザインは何が違うのでしょうか?

山崎:「コミュニケーションデザイン」というと、普通は人と人とのコミュニケーションを円滑にするためのデザインだと思われがちですが、デザインの分野で「コミュニケーションデザイン」と呼ばれているのは、グラフィックデザインの概念を広げたものなんです。もともとは企業が消費者に向けて何かを伝えていく際に、広告や商品のパッケージ、ウェブサイトなんかをデザインするようなことで、これらを包括したものが「コミュニケーションデザイン」。それに対して、僕が考える「コミュニティデザイン」は、多様な人々が集まって、みんなで話し合いながら自分たちの未来をデザインしていくという行為ですね。もう少し具体的に言うと、プロフェッショナルだけでやるデザインではなくて、アマチュアがたくさん集まり、プロがちょっと手伝いながらやる、コミュナルな(共同の)デザインです。モノに限らず、将来の生活とかビジョン、活動なんかをデザインしてもいい。目に見えるものだけでなく、行動とか思考のところまで広げて「コミュニティデザイン」と呼びたいですね。

 張:我々が「時間デザイン」ということを主張している意図も実はそこにありまして、いままでのように時間を「モノ」として扱うのではなく、「コト」として扱いたいと思っています。個々のタスクに時間を割り付けるのではなくて、自ら時間を生み出していくようなイメージです。すると、目的を持った時間の使い方とか、自分の生き方までを考えて時間の設計ができるようになるんじゃないかと。

山崎:コミュニティデザインは、専門家だけでものごとを進めすぎていることに対するアンチテーゼでもあります。これまでは、住民の意見なんか聞かずに専門家がスパッときめたほうが、短時間で質の高いものができる、そういう考えでずっときた。これは必ずしも間違いではないのですが、これをやればやるほど、住民の方たちは「お客様」になり、無気力になっていく。任せておけばいいやと思って、自分で考えなくなるのです。たとえば昔だったら、集落の人が自分たちで道路を造っていたわけです。でもこれが砕石を敷いて捨てコンをして、その上にアスファルトを敷いて…というふうになると、行政が発注した工務店のやる仕事になってしまう。そうやって専門家がその分野の専門性をどんどん高めていくと、住民は、自分の家の壁に絵を架けることすらできなくなります。壁に絵を架けるのにはどこの業者に頼めばいいだろうかと。個人の家だったらまだしも、まちがそうなってしまうのはまずい。だから、なんでも業者に頼むのではなく、「自分たちのまちは、自分たちで良くしていこう」という方向にもっていきたいんです。ただ、そうすると、専門家がやるほど早くは進みません。専門家だったら1年で設計して次の1年で施工と、2年くらいかければ公園ができてしまいますが、住民が同じことをやろうとすると10年くらいは必要です。その代わり、お金はそんなにかかりません。だから僕は、コミュニティデザインを進めるにあたっては、行政の方に対して、予算を獲得するために頑張るのではなく、時間を獲得するために頑張ってくださいと言っています。



 張:まさにその通りですね。

山崎:住民が10年間かけて公園を造ったとしたら、公園ができたときに「ようこそ」と迎え入れてくれる集団がすでに何十人も形成されていることになります。来園者に対して「私たちの手づくりだから」と、愛着と自信を持って説明できるようになるんです。

 張:「時間デザイン」でも同じことを考えています。これまでは単に時間を短くすることが良しとされてきましたが、本来はそうではなく、時間をいかに豊かに使うかが大事ですよね。

山崎:本当にそうですね。その点で言うと、コミュニティデザインでは、地域の人たちの学びの速度に合わせてプロジェクトを進めていかなければなりません。専門家は都市計画について短い時間でものごとを考えられますが、住民の方々は少しずつ学んでいく必要があります。ゆっくり教えてもらわないとできないわけです。だから、素人として関わっている人が知識を身につける速度に合わせる。そういう時間を確保できるかどうかが、プロジェクトの成否に直結します。

コミュニティ
デザインの

2つの役割




参加者の人生を豊かにすること、
そしてまちづくりを推進すること

 張:コミュニティデザインには、「人と人をつなげるためのデザイン」と「コミュニティによるデザイン」の両方の意味があると思いますが、いかがでしょうか。

山崎:おっしゃるとおりです。コミュニティデザインというと、「コミュニティをデザインする」と思っている人が多いのですが、本来は「コミュニティによって、何かをデザインする」、つまり「designed by community」なんです。それを進めていくうちに、信頼関係が深まってワークショップの参加者同士が結婚したり、お店をやり始めたり、一緒に活動していたチームが会社になったり、皆に応援されて市議会議員になる人が出たり、といったことが起こります。結果として多くの人たちのつながりを生み出し、参加した人たち自身の人生が良い方向に変わっていく。ただ、行政が求めるのはもう一方の役割のほうです。コミュニティの活動によって、地域包括ケアが進むとか、社会教育が充実するとか、そういう役割を担ってほしいと望んでいます。でもやっぱり、参加した人たちが楽しくなくてはダメですね。住民の方々はワークショップに参加することで報酬が得られるわけではないので、楽しい人と知り合えるとか、おいしいものが食べられるといった、ワクワク感があってこそです。ですからコミュニティデザイナーは、参加者の楽しみや人と人とのネットワークを維持しながら、彼ら自身が活動すればするほど、まちづくりが進むというしかけづくりを同時に進めていく必要があります。

 張:なるほど、コミュニティデザイナーの役割がかなりイメージできました。そうした活動を経て、住民の方々が山崎さんの手を離れてコミュニティを自立させたり、次の世代に引きついでいったりするためには、何が必要でしょうか?

山崎:僕は中学校や高校の「部活」のようになってくれるといいなと思っています。大人になっても部活を続けるようにして携わってほしい。部活には7つくらいの役割があると思っていて、まず、毎日練習しないといけないし、たまには練習試合も必要です。キャプテンやマネジャーといった役割も決めてもらいたい。部費も集めなければならないし、部員の勧誘もしてほしい。そして、卒業の仕組みも必要です。我々が関わっている間に、自分たちでこれらができるよう支援していきます。これが全部できるようになれば、代替わりしても自分たちで学びを継続させることができる、つまり活動のサイクルができるということです。

 張:どうすれば活動が持続していくかを考えていくわけですね。

山崎:活動には発展段階があると思います。形成期は、飲み会を開いたりして、みんなでワイワイやる。でも、そのうち参加者同士で「あの人は全然動かない」とか「あいつは口だけだ」といったことが分かってくると、混乱期に入って仲たがいし始めるんです。でも、この混乱期に粘り強く皆の調整役をしてくれる人がいると、そのうちに秩序ができあがってきます。口だけの人にはこういう役割を与えると機能するといったことがわかってくる。それを経て、ようやく機能期に入るのです。形成期、混乱期、機能期です。

 張:組織ではよくあるパターンかもしれませんね。

山崎:僕らはこれに加えて、最後に解散期があってもいいと思っています。プロジェクトを始めたときに、いつやめるかも決めておくんです。たとえば、流しそうめんをやると決まったら、3年間だけ続けましょうと。そして3年経った時に、「どうしますか、まだ続けますか」と問いかける。3年間続けてきて認知度も出てきて楽しみにしている人もいるから、今やめるわけにはいかないとなったら、1年間延長しましょうと。そしてまた1年たったときに、まだやめられないとなればもう1年。そんな感じで、ダラダラと10年続いてもいいと思うんです。でも、初めから10年続けましょうとなると、だいたい3年目くらいで「もう疲れた、やめさせてくれ」となってしまう。ずっと続けなくてはいけないと思うと、コミュニティの人たちも疲れてしまいますが、たとえば、2017年から2020年まで、オリンピックが終わったらやめるよ、と決まっていれば、そこまでどうやって頑張ろうかと逆算して活動できるのです。そういう意味で、期間や時間を確定させることがプラスに働く場合もあります。

 張:そこでも「時間」が重要になってくるんですね。

コミュニティ
デザインの醍醐味、

そして次世代への
メッセージ



専門分化したものをつなぐ役割、
そして人生という財産を使って
いかにいい影響を与えられるか

 張:いろいろなお話をお聞きしましたが、あらためて、山崎さんの考える「コミュニティデザインの醍醐味」を教えていただけますか。

山崎:いまの時代は、専門分化されたものの間をつなぐ職能がすごく重要視されるようになってきていると感じています。20世紀の終わり頃に、学際領域とか、インターディシプリナリーという概念が登場して大学にも関係する学科ができましたが、あの頃学んだ学生たちは、自分が何の専門家なのかがわからず、不安だったと思うんです。でも、ここにきていよいよ専門家の間をつなぐ「大いなるゼネラリスト」が必要な時代を迎えています。その中には、さまざまな専門分野をつなげるだけでなく、まったく関係ない専門性を持った市民と呼ばれる人たちの専門性と、ゼネラリストの部分をうまく読み取って、活動全体をドライブさせていくような職能が必要とされている気がしています。

 張:専門分野をつなぐという考え方は、さまざまな領域で広がっているようですね。

山崎:コミュニティデザインは、専門家ではない一般の住民の意見を集めて行われますが、そこでは、何かの専門性を持っているはずの一般人をどうやってオーガナイズしていくかという職能が求められます。そう考えると、需要はますます高まるだろうし、やりがいもすごくある。自分たちの思っている以上の活動を起こしてくれる人が出てくるだろうということに、すごくワクワクしています。会合でお会いする大学の先生なんかには、まちづくりとかコミュニティデザインって、いい仕事だけれどもあまり儲からないよねって、よく言われるんですが、僕はこんなに「儲け」のある仕事は他にないと思っています。お金ではない「儲け」が大きいんです。いろいろな仲間ができますし、関わる地域の歴史や文化といったいろいろな知識が得られます。素晴らしい風景を見られるし、その土地その土地のおいしいものが食べられます。うちの事務所には一年中、日本各地から名産品が届きますよ。こんなに「儲かる」仕事って、なかなかないでしょう。

 張:「人生の豊かさ」を儲けていますよね。

山崎:僕らの活動のキーワードは「人生」です。人生や生活ということから徐々に地域を変えていきたいと思っている以上、僕ら自身の人生が充実していないと、それは嘘になってしまいます。事務所の仲間には、この仕事をやることで人生が充実していないなと思ったら他の仕事に移ってもらえばいいし、充実していると思うのならば集えばいい。そんなことをよく言っています。

 張:「時間デザイン」でも、「タイムイズマネー」から「タイムイズライフ」というパラダイムシフトを提言しています。「時は金なり」という時代はもう終わりにしよう。これからは「時はいのちなり」の時代だと。

山崎:いい言葉ですね! 19世紀イギリスの評論家のジョン・ラスキンという人が、「There is no wealth but life」という言葉を残しています。「あなたの人生こそが財産である」。Lifeを辞書で引くと、人生、生活、生命、活力…といろいろ出てきますが、それを全部ひっくるめたものとしてのlifeです。車を持っている、家を持っている、株をたくさん持っている…もちろんそれらも財産ですが、その前に誰もが持っている財産がlife、命であると。そして、この命を活用して、ちょっとでも他の人に良い影響を与えてほしい。それがラスキンの主張で、そういう財産(人生)を使える人がたくさんいる国こそが豊かな国だと言っているんです。GDPがどれだけ増えたとかではなく、あなたが持っている命という財産をちゃんと活用できる人を何人増やせたかです。最近、人口減少と言われますが、人口そのものが減ったとしても、人生という財産きちんと活用できる人が増えればいい。むしろ人口が増えているのにそういうことをやらない人たちばかりが増えているようでは困る、というわけです。

 張:人生そのものが、誰もが持っている最大の財産ということですね。

山崎:僕はこれまで、地域づくりとは、建築とかランドスケープデザインによって直接的につくるものだと思っていました。でも、地域が何からできているのかを考えてみると、人々の人生からできているということに気づいた。人生は日々の生活から、そして生活は行動から、つまり一挙手一投足からできあがっている。では行動は何から生まれているかというと、人々の意識から生まれている。こういう意識や行動が生活を生み出し、人生を生み出し、それがたくさん集まって地域が形成されている。だとすれば、コミュニティデザインがやるべきことは、この意識と行動の部分をどう変えるかです。意識と行動を変えることによってライフスタイルが変わったと言う人が地域にちょっとずつでも増えれば、結果として地域が良い方向に変わるのではないか。でも、僕らが力ずくで住民の行動や意識を変えることはできないから、ワークショップの参加者同士が切磋琢磨するような状態をつくり出す必要がある。それにはやはり、時間がかかります。

 張:ただモノをつくったり、まちをキレイにしたりすることではなく、住民一人ひとりの意識と行動が変わることで、地域全体が良い方向に変わっていく。そんなまちづくりが日本中に広がっていくといいですね。今後のご活躍にも期待しております。ありがとうございました。