私の時間デザイン

#07

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作家恩田陸氏 質の高いインプットと、計り知れない時間をかけて生み出されるひらめきの源泉

恩田 陸(おんだ・りく)

1964年、宮城県生まれ。
92年『六番目の小夜子』でデビュー。
2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞および第2回本屋大賞を受賞。
06年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞を受賞。
07年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞を受賞。
17年『蜜蜂と遠雷』で第156回直木三十五賞、2017年本屋大賞を受賞。著書多数。

聞き手:日本能率協会マネジメントセンター 専務取締役 張士洛

かけた時間が
作品に与える影響



同じものの繰り返しも、
異なる経験も大切


張:改めて、直木賞と本屋大賞のW受賞を振り返っていかがですか。

恩田:自分のこととは思えない感じです。なんか他人事のようで…。

張:受賞作品となった「蜜蜂と雷雲」を拝読し、私も読書を通じて久々に心が躍りました。構想や取材にはかなりの時間をかけられたそうですね。

恩田:遡れば、取材を始めたのは12年以上前でしたが、結果としてはすべてが必要な時間でした。3~4年で書き終えていたら、たぶんこのような作品にはならなかったでしょう。モデルにしたコンクールの開催は3年に1回なので、結局4回通いました。やっぱり1~2回では分からないこともあり、同じ曲でも繰り返し聞くと、聴こえ方が全然違ってきます。今思えば、時間をかけた甲斐があったなと。でもそれは結果論で、本当はもっと早く書き終えたかったのですが(笑)。

張:最初に聴いたときの感覚と3年後、あるいはそのまた3年後では違った感覚になるものですか。

恩田:その間に自分も勉強して「なるほど、こういうことだったんだ」と腑に落ちることもあります。審査員が選ぶ際の基準も少しずつ見えてきますし。でも、やっぱり「なぜこの人が選ばれたんだろう」と3年経っても分からないこともあります。同じものを繰り返して聴くことも、違うものをたくさん聴く経験も大事です。

張:登場人物の描写が素晴らしいですね。私はすっかり風間塵のファンになってしまいました。モデルになった方は?

恩田:いないです。誰もモデルにしていません。自然の中でミツバチの羽音を聴いている男の子という設定で風間塵を最初に思い浮かべました。塵が天然の天才少年だったら、そのライバルになるのはどんな子かな、と他の登場人物が出てきた感じです。だいたいいつも、核になる1人が決まり、じゃあこの人と関係するのは…と登場人物の輪ができるケースが多いです。

張:今回、審査員の存在も非常に重要でしたよね。やはりコンクールからイメージされたんですか。

恩田:そうですね。コンクールの取材に加えて、もともとピアニストや音楽家が書いた本を好きでよく読んでいました。調律師やステージマネジャーの本も読み、その辺りからいろいろ連想して作品ができていったのです。そう考えると、作品にかかった時間は計り知れないですね。

並行する仕事―
インプットと
アウトプット





膨大なインプットからひらめきを得る

張:とはいえ12年間、この作品だけを書いていたわけではなく、ほかにも並行して仕事をされていたと思いますが、執筆のリズムというのはどうつくっているんですか。

恩田:1つの作品を書いている間は、書き下ろししか書かないという作家の方もいて、人によって書き方は全然違いますが、私は並行していくつかの話を書くほうが向いています。ジャンルにこだわらず、並行する仕事ではなるべく異なるジャンルを書くようにしています。そうすることで気分転換になって、うまく書くリズムができるんです。普段から飽きっぽいので、こういう書き方が向いているかなと。

張:なるほど。でも3本、5本の原稿を並行すると、それに合わせてアンテナも多く張り巡らさなくてはいけなくなるのでは?

恩田:そうですね。雑誌や本をよく見るなど、アンテナは常に張っています。でも波があって、何も入ってこない時もあります。そういう時は諦めてボーっとしたり、散歩に出たりして、なるべくインプットとアウトプットのメリハリをつけるようにしています。

張:「ここからはインプットだ」と自分で時間のスイッチを入れる瞬間はありますか。

恩田:ありますね。特に今年前半は受賞関連のことで忙しかったので、今やっと映画や舞台を観るなど、次のインプット時期を迎えていろいろと準備しているところです。

張:アウトプットとして執筆する際、「1日何時間書こう」と機械的に決めますか。それともダーッと勢いで集中して書かれますか。

恩田:計画的な執筆は全然できないですね。毎日仕事場に通ってかっちり仕事をされる作家の方が、本当に羨ましくて。私は職住一体なので、書く時は一気に書きますが、悩んでいる時間も長くて、自分でも「いつ完成するのか」が未だに読めないのが、ちょっとつらいところです。

張:書き始めるまでに、取材の情報を「どう書こうか」と頭の中で巡らせて、書き出すと集中モードに入るタイプですか。

恩田:というよりも、書きながらひたすら考えて、というタイプです。昔は夜型でしたが、最近は、だんだん朝型になってきました。朝起きて、寝床の中でモヤモヤしていると思いつくことが多いです。たぶん寝ている間にも考えているんじゃないかな。先日、脳科学の専門家が、脳が最も活性化するのはぼんやりしている時だとおっしゃっていました。面白いですよね。集中している時より、ぼんやりしている時のほうが活性化してるなんて。

張:作品のための取材では、どんなことを心がけていますか?

恩田:取材したことを直接的に使うことはほとんどありません。「蜜蜂と遠雷」では実際のコンクールを参考に、かなりダイレクトに使いましたが、他の取材では、作品にどう結びつくか分からなくなることもあります。調べたことは使いたくなりますが、あまり使いすぎるとろくなことがない。いろんな知識や情報が入り過ぎると話が作れなくなることもあるので、取材はするけど、それに頼りすぎず、インスピレーションをもらえるかどうかを大事にしています。以前、展覧会で絵を見ていて、「ああ、これがこれから書く小説の一場面だ」と思ったことがありました。そういう時がたまにあります。

張:たくさん取材をしているからそのような出会いの瞬間がある。取材に費やす膨大な時間は、一見、無駄なように見えても、決してそうではないということですね。その時は取材した内容を使わなかったとしても、どこで何とつながるか分からないですよね。

恩田:そうですね。それは本当に分からないものです。

構想から作品の視覚化へ

音楽は永遠と一瞬に同時に触れる

張:優れた仏師は仏様を掘るのではなく、木や石の中から仏様を「取り出す」という表現を聞いたことがあります。恩田さんも、物語は頭の中に全部できていて、それを書き写しているような感覚ですか?

恩田:いえ、そんな美しいものでは…。先ほども言ったように、ひたすら書きながら考えて、考えて…。それで全部終わってから「あぁ、落ち着くところに落ち着いた」と納得します。ただ、小説の構想を他人に相談するときは、自分の中でほぼできていますね。他人に向かって話すことで、考えていることが固まることはよくあります。雑談ってすごく楽しいし、いろんな情報が入ってくる。やっぱり資料や映像を見るだけではなく、人同士でなければ得られないものってすごくあるなと思います。リアルなコミュニケーションが作品づくりにも重要なんです

張:「蜜蜂と遠雷」は、1次予選から本選まで、コンクール独特の時間軸が特徴になっていますが、栄伝亜夜と風間塵の出会いなど、その合間の場面も印象的でした。「時間の流れ」も意識して書かれましたか。

恩田:そうですね…何しろほぼ2週間の間に起こった出来事を十数年かけて書いているので(笑)。塵が「一瞬と永遠は同じだ」と言う場面があります。特に音楽は、演奏するそばから消えていくものですが「永遠に触れて」いる感じがする。そんな時間の不思議さというのを表現したかったんです。心の中に焼きつく瞬間、残る瞬間というのは誰しも持っていると思います。なぜ今までこんなに多くの人が音楽で努力し、精進してきたかというと、「永遠に触れられる」からだと思うんです。

張:塵がコンクールの間、花屋に身を寄せていましたが、生け花と音楽が通じるとは、正直、想像がつきませんでした。

恩田:彼が養蜂家の息子だから出てきたエピソードですが、生け花と音楽も、すごく近いものがあるなと。とてもはかないのですが、芸術性のあり方としては似ているんじゃないかと考えました。生け花もまさに「永遠に触れる」芸術なのではないかと。

作家になるきっかけ、
作家になってから



いつか、と思っていたら
いつの間にか25年


張:職業としての作家を志したのは、いつ頃でしょうか。

恩田:本当はもっと立派な社会人になってからと思っていたら、意外と早くデビューできてしまったというのが実感です。子どものころから「いつか」小説を書きたいと漠然と考えていましたが、日本ファンタジーノベル大賞で第1回大賞に選ばれてデビューされた酒見賢一さんが、当時25歳くらいで、わたしと1歳しか違わなかったのです。その時に「そうか、今から書いてもいいんだ」と同賞に応募したのが直接のきっかけです。昔は新人作家ってそんな簡単にデビューできず、もう賞に応募するしかなくて。今のようにネットで発表してデビューするルートもなく、作家イコールおじいさんというイメージでした。

張:人生の中で、とにかく本を読んだ時期は?

恩田:やっぱり学生時代はひたすら読んでいましたね。就職したのはちょうどバブル前夜で、男女雇用機会均等法の一期生として生命保険会社に入社しました。デジタルとアナログの過渡期ということもあってとても忙しく、本を読む時間を全然とれなかったことがものすごいストレスだったのを覚えています。その生命保険会社に4年間勤め、辞めたときにデビュー作を書いて応募しました。でも、作家でやっていけるとは思わなかったので、また就職して、今度は不動産会社に勤めました。その後は7年ぐらい兼業で書き続けました。

張:けっこう長い間、勤めながら書いていらしたんですね。兼業は大変そうですが、時間のやりくりはできましたか。

恩田:今から思えば、兼業の方が精神衛生的には良かったです。社会との接点がありましたから。フリーで専業作家になった時は、とてもつらかったです。ずっと家で1人だし、すごいストレスが溜まって。フリーになると、全部自分で決めなきゃいけない。とりとめがないというか、メリハリがないというか……。自由になるという喜びよりも、むしろ放し飼い状態の不安の方が大きかったです。

張:どれぐらい経ってから、自分で時間をデザインするリズムができてきましたか。

恩田:そうですね……今年でデビュー25年目ですが、会社を辞めたときは作家としての仕事をもらえるかどうか不安だったので、出版社に営業をしたんです。あらすじを10本ぐらい用意して「この中で気に入ったものがあれば、御社の媒体で書かせてください」と。そうしたら、いっぺんに連載が決まったのです。そして、その連載の原稿を締め切りに合わせてひたすら書くことで何となく生活パターンができていきました。

張:その時は何本ぐらい並行して書いていたんですか。

恩田:結構やっていましたね……5~6本です。特に小説誌は、月刊だと締め切りのリズムが1カ月ごとにスケジューリングできるので、生活のパターンができたのは良かったのですが、作品がだんだん売れるようになって、人気が出てくると、今度は締め切りに追われるようになって(笑)

張:締め切りに追われるという実情はありつつも、書くことのモチベーションというか、内からの衝動のようなものはありますか。

恩田:今はほとんど意地だけで書いています(笑)。やっぱり子どものころ、すごくワクワクして本を読んでいたので、いつもワクワクするものを書いていたいと思っています。読者としてのかつての自分をがっかりさせたくない。その意地だけです。最初に賞に応募したときは、締め切りが決まっていたので、衝動的に、何かに憑かれたように書きました。必死になって書いて、記念受験のような感覚で応募して、「スッキリした」と次の転職先を探しに就職活動へ出たのを覚えています。今になって思うと、この時は書くのがすごく楽しかった。書くことが職業になってからは、つらいほうが大きくなってしまって。楽しかったのはあれが最初で最後だったのではと思うと悲しいですが(笑)。

インプットの質向上、今後の展開

自分を鼓舞し、インプットをさらに重視

張:今も時間や締め切りに追われる局面も多いと思いますが、どうやりくりされていますか。

恩田:やりくりできているかわかりませんが(笑)。できると信じるしかないなと。同じことを続けていて、熟練すれば「このぐらいの時間かかるだろう」と分かるようになるかもしれませんが、私の小説は毎回違うので「前はできたけど、次はできないかもしれない」という恐怖感を常に抱いています。それを逆に「今までできたから、次もできるに違いない」と自分に言い聞かせるというか……。ある程度、量をこなせばうまく書けるようになるだろうという幻想を抱いて、どんな仕事も受けてきたつもりですが、量をこなしたらできるというものでもない仕事もあるんだと、最近分かってきました。

張:クリエイティブな仕事は、量をこなせば次が生まれてくるというものでもないということですね。恩田さんは作品のジャンルの幅をどんどん広げておられますが、今後の展開への思いはありますか。

恩田:そうですね……同じことの連続はどうしても縮小再生産になるので、それを避けるためには違うことをやるしかありません。ただ、ストーリーは古今東西いろんなパターンが出尽くしていますから、演出を変えるしかない。そのせめぎ合いです。そこでいかに自分のハードルを上げて芸域を広げるか。その難しさを感じつつ書いています。

張:今回のようにW受賞するとハードルは勝手に上がりますよね。

恩田:次回作はバレエやダンスをテーマにしようと考えています。取材をすると、振付師は、自分の踊れる以上のものは振り付けできないそうなんです。私がやっていることも同じだなと。音楽家も小説家も、一流の人は他の人の作品をよく読み、見聞きしている。インプットした以上のものをアウトプットすることはできない。だから、インプットの方の質をさらに上げていかないとダメなんだと思います。

張:なるほど。今までの経験をベースにすると、同じ1時間でも質の高いインプットができる気がしますが。

恩田:それはどうでしょう。逆に慣れてきて、「だいたいこんな感じだな」と思っちゃうことはあります。新鮮な気持ちで見聞きできない面があるので、そこは難しいです。先入観や知っていることがなんとなく邪魔することがありますから。

将来やってみたい作品

年表付き親子3代の大河メロドラマ

張:近い未来ではなく、5年後や10年後、書き続ける自分の未来を描いた時に、何か思うことはありますか。

恩田:きっとこのままあがきながら続けていくんだろうなという予感はありますね。楽になったら、もうその時は終わっているんだろうなって(笑)。

張:楽にはならなくても、ビジョンというか、次にこんな作家になりたいというのは何かありますか。

恩田:予測のつかない、何を書くか分からない人でいたいなと。チャレンジとしては、大河メロドラマのようなものをやってみたいです。親子3代の物語。作品の最後に年表をつけるのが夢なので、歴史小説のような作品を1回書いてみたいです。

張:例えば日本橋でよく見かけるのれん1つとっても、そののれんの裏側には先祖代々のものすごい物語があるわけじゃないですか。

恩田:そうですね、この近辺は老舗の問屋さんばかり。老舗の人はその活動を見ていても、新しいなと思いますよね。もし、時間を行き来できるとしたら、江戸時代を見てみたいですね。時代小説も好きで読みますが、特にどんな言葉でしゃべっていたのかを知りたいですね。音は残らないから。実際に本当は江戸っ子ってどんな風にしゃべっていたんだろうって。

日々のリズムと手帳の活用





記録と記憶を手書きで残す


張:1日の中で午前中は書く時間、午後はインプット、などと時間を分けていらっしゃいますか。

恩田:午前中から午後にかけて執筆し、夕飯を食べた後はテレビを見たり本を読んだりしていますね。以前は徹夜して、朝まで書いて、朝、新聞が来たら読んで寝る生活でした。そのリズムが真逆になってきています。

張:机に向かわれる時間の長さは、夜型だった時も朝型になった今もだいたい同じですか。

恩田:締め切りありきです(笑)。当時は、昼であろうと深夜早朝であろうと、入稿するまでが営業時間みたいな雰囲気でした。

張:手帳はお使いになっていますか。

恩田:手帳はないとダメですね。スケジュールやTo Doリストとして、何をやらなきゃいけないかを書くために使います。

張:特に締め切りなど(笑)

恩田:もちろん! 締め切りは変えようがないですからね(笑)。スマホを手帳代わりに使っている人もいますが、書いたことが物理的に残らなくて不安じゃないのかなと思います。数年前、紙問屋の社長と「一番優れた記録媒体は何か」という話をしたのですが、その社長さんは和紙が一番だとおっしゃるんですよ。それは歴史が証明しているからって。例えば、出始めの頃の大きな8インチのフロッピーディスクなんて、今はもうないじゃなないですか。CDもDVDも、もしかしたら想定よりもはるかに早く劣化して使えなくなるかもしれない。するとやっぱり紙が一番だよね、って。あと自分で字を書くと、書いた時のことを何となく思い出せますよね。入力して画面上に表示される文字だと、その時の記憶が消え落ちちゃう。

張:手書きで残しておくことの重要性ですね。

恩田:アイデアメモのようなノートを持っていますが、これは手書きじゃないとダメですね。

張:我々も「手書き」ということにはかなり注目しています。手帳にしてもノートにしても、手で書くことで、クリエイティビティも生まれるし、一覧性や即時性、振り返りもしやすいだろうと。今日はどうもありがとうございました。次の作品も楽しみにしています。