私の時間デザイン

#02

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株式会社日本デザインセンター 原研哉氏あらゆる産業との多角的な接点、
そして企業や社会とのつながりを多く持つことで、
「爆発的な2秒」の創造性を生み出す。

社会を広く深い視点から見据え、シンプルさの中に潜むデザインの可能性を追求する原研哉さん。五輪や万博など、世界に通じる日本らしさの発信で類まれな才能を発揮する一方、出身大学では後輩の育成にも携わる。あらゆる産業との接点を通じて社会とのつながりを深めているという、原さんの「時間デザイン」とは。

原 研哉(はら・けんや)

デザイナー。1958年生まれ。デザインを社会に蓄えられた普遍的な知恵ととらえ、コミュニケーションを基軸とした多様なデザイン計画の立案と実践を行っている。日本デザインセンター代表。武蔵野美術大学教授。無印良品アートディレクション、代官山蔦屋書店VI、HOUSE VISION、らくらくスマートフォン、ピエール・エルメのパッケージなど活動の領域は多岐。一連の活動によって内外のデザイン賞を多数受賞。著書『デザインのデザイン』(岩波書店刊、サントリー学芸賞)『白』(中央公論新社刊)は多言語に翻訳されている。

デザインとは
モノの本質を
可視化すること

デザインとは、「ヴィジュアライゼーション」であると常々おっしゃっています。まずは、デザインとコミュニケーションの関係についてうかがえますか。

 デザインは状況によっていろいろな表現の仕方がありますが、基本的には「ものの本質」を把握するための方法だと考えています。「本質を見極め、可視化する」という作業がデザインなのだと思います。例えば、企業ならば、その企業やブランドが持つ本質は何かを探りあて、それをヴィジュアライズしていく。つまり、デザイナーの仕事は、大事なものを見定めてそれを目に見える形にしていくことなのです。

 一方で、コミュニケーションという観点では、ユーザーに対して一方的に情報を与えるのではなく、つまり、「分かっている、知っている」と思わせることではなく、「いかに知らないか」に気づいてもらうということが重要だと最近では考えています。情報社会ならではの現象でしょうが、半端な情報がおびただしくネットの中を飛び交い、誰もが情報の断片に触れているので、それだけで何かを知っているつもりになっていることが多いのです。

知っているつもりで、実は正しく理解していない?

 そうです。人は一回でも耳にすると「知っている」と思いがちですが、本当に理解できているのでしょうか。例えば、海水温が上昇する「エルニーニョ現象」について、言葉としては皆知っていても正しく説明するのは難しい。「プロトコル」についても、「TPP」についても、同じように分かっていない場合が多い。同様に、例えば無印良品というブランドは多数の人はすでに知っていると思っているかもしれませんが、実際のところは知らないことのほうが多いはずです。ですから、「知っている」と反応されるよりも「いかに知らないか」に気づいてもらうことが大事なのです。

知らないと気づくと、深い印象として心に刻まれるのですね。

 情報のデザインを考える場合、情報をことさら分かりやすい形で差し出すよりも、まるで生まれて初めて見るかのように提示することができたなら、その方がずっと新鮮に見えるのです。僕たちの身の回りには、実はとてもよく考え抜かれたデザインがたくさんあります。ごく普通であるように見えるテーブルもペンもコップも、携帯電話も携帯電話に表示される数字も、全て、実によくデザインされたものです。合理性の中で無数に試され、現実の暮らしの中でもまれ、デザインとして生き残ったものなのです。そこには必然性や知恵がびっしり詰まっていて、簡単には動かせないくらい強固なものとして存在しているのです。

 つまり本当のデザインとは、デザイナーズマンションやデザイン家電のような見かけ倒しのものではありません。もっとモノの本質に潜んでいるのです。人間の叡智の総体がデザインなんだと気づいた瞬間、世界は違って見えてくるのです。スプーンはなぜこんな風にくびれているのか、フォークの歯はなぜ4本なのかと考えていくと、少しずつデザインの本質が見えてくるのです。同じ造形でもアート(芸術)とは全く違う着眼点から生み出されてきたものです。

さりげない工夫がもたらす深い驚き

使う側が気づいてこそ、デザインなのでしょうか。

 初見で「すごい!」と驚かせるよりも、使っていくうちに、いかによく工夫されたデザインであるかが分かってくるものがあるのです。能率手帳もその好例ではないでしょうか。一見するとよくある普通の手帳に思えても、使ってみると「なるほど」とじっくり感じる方が深い理解や共感につながるのだと思います。
 流行色にぴったり合っていたり、紙質や罫線が人目を引くような個性的な手帳も悪くはないかもしれませんが、例えば罫線の色も太さも数十年間変わっていない、というようなことが分かったときの方が、より驚きは大きいのではないでしょうか。

ブランディングや設計でも細やかで本質的な配慮が必須ですか。

 僕は、デザインするときに、刺激的な色やかたちの乱用を抑えて、むしろ静かに「水を澄ませる」ようにやっていくのがいいと思います。シンプルだと評されますが、本当にどこにデザインがあるかわからないくらいが理想です。禍々しいデザインよりも、ちゃんと機能するなら無口な方がいい。
 大げさな誇張や嘘のない、誰が見てもすっと平易に理解できる写真を使ったり、流行からは距離を置いて、ごく普通に美しく見えるような文字の組み方をしたり。広告のモデルもごく身近にいそうな人を選びます。さりげなく、しかし丁寧に、淡々と取り組んでいます。不要なものを全部そぎ落としていくと、次第にいい感じになっていくものなんです。