生命の目盛り

#16

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フランスの時間、日本の時間

最近、用事があってパリに出かけていた。いつも思うのだが、フランスと日本の時間はどうも流れ方が違うのではないか。日本にいると、朝から晩まで働いて、とても時間が足りない。都会にいるか、田舎にいるかを問わず、総じて日本人は忙しくしているし、ますます忙しくなっている。

対して、僕の会ったフランス人たちは、例外なく、ゆったりと人生を楽しんでいる。労働組合が強いから時間外労働はないし、休みも取れる、という意見も聞いたが、そもそも、時間に対する考え方が違うんじゃないか。 フランス人と仕事をすると、大体昼ご飯を一緒にとる。前菜からメインまで出て、食後にデザートが出るから、ランチに費やす時間は平均すれば1時間以上だ。最近は、アジア風のクイックな食事が流行っているらしいが、基本は、お皿が何枚も出て、時間をかける食事である。ラーメン屋も例外ではなく、日本人を含むアジアの人はさっさと食べて席を立つのに、フランス人たちは、ラーメンをゆっくり食べつつ、おしゃべりをしつつで長居をする。

面白いのは、お客の立ち振る舞いだ。どの席を見ても、スマートフォンを取り出して、ぱちぱち打っている人は皆無だし、一人で来た客でさえそうなのだ。ラーメン屋のある客はゆったりと新聞を読んでいたし、ある客は真剣な面持ちでパズルを解いていた。日本のラーメン屋なら追い出されること間違いなしだが、フランスではこれが当たり前のようだ。

そういう国に育つと、時間と時計に対する感じ方は自ずと変わってくる。日本で時計に求められる要素は、まず正確さ、続いては丈夫さだ。何しろ、電車が数分遅れるだけで、クレームが来るような国なのだ。日本が正確なクォーツの量産化に成功したはずである。一方のフランスは、万事おおらかだ。地下鉄は当たり前のように遅れるし、長距離列車はなおさらである。ということは、仮にきわめて正確な時計を持っていても、全く役に立たない。あるフランス人に「日本の時計は正確だが、フランスでは役に立たない」と言われたのも納得である。

ではフランス人は、時に何を求めるのか。ゆっくり時間をかけてランチを取るビジネスパーソン、ラーメン屋でパズルを解く客に共通する要素とは、時との上手い付き合い方ではないか。その証拠に、彼らは誰も、スマートフォンを取り出していなかった。そして日本人のように、時に追われる気分を持っていない以上、彼らの作る時計は、正確さよりも、楽しさや美しさを優先したものになるだろう。

ちなみにフランス人は働かない、というのは大きな誤解だ。僕の知っている限りで言うと、彼ら・彼女らの中には、日本人以上に働く人が少なくない。しかし、そう感じさせないのは、フランス人が、時に追われるという感じを持っていないからだろう。では私たちは、どうすれば、フランス人のようになれるのか。答えは簡単だ。スマートフォンをしまって、ゆっくりと食事を楽しむこと。

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広田雅将(ひろた・まさゆき)
時計専門誌『クロノス日本版』編集長。1974年大阪府生まれ。サラリーマンを経て2004年からフリーのジャーナリストとして活動。2016年から現職。朝日新聞&、GQ JAPANなどに連載多数。

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