生命の目盛り

#14

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時計選びとアイデンティティー

 仕事柄、いろんな方から時計購入の相談を受ける。先日は、ある方から時計を買いたいという相談をいただいた。功成り名を遂げて、何でも買える身分の人だ。何が欲しいのかと聞いたところ、彼ならば十分買える金額の時計だった。ただ探すのが少し難しい。他のモデルに興味がないのかと重ねて聞いたが、どうしても、その時計が欲しいのだという。

 別の方からは、大変高価な時計の購入相談を受けた。買えなくはないだろうが、そこまでして買うべきなのかと思った。なぜそこまでこだわるのかといぶかしんだが、大仕事の前に気合を入れたい、とのことだった。どうなることかと思っていたら、彼はより高いモデルを買って、大仕事に臨んだらしい。

 この二人に共通するのは、強い物欲のように見えて、実は全く違うものではないか。彼らは、他のものも選べるのに、あえて「その」時計を買おうとする。理由は、それが自分のアイデンティティーと考えているためだ。

 物を買うプロセスには、いろんなルートがある。直感で買う、熟慮して買う、人に勧められて買う。正解はどこにもないが、一番興味深いのは、買いたいものを突き詰めていくうちに、自分とは何か、を考えざるを得ないような買い方に思える。最初に興味があるのは、モノそのものだ。ブランド名であったり、機能であったり、あるいは見た目であったり。しかし、モノを突き詰めて見ていくうちに、それを所有する自分とはいったい何者なのか、を考えざるを得なくなる。熱狂が過ぎると、残るのは自分自身への問いかけだ。

 時計というのは、時間を確認するツールでしかない。しかし、デザインだの、価格だの、ステータスだの、機能だのを考慮すると、単なるツール以上の意味合いを帯びてくる。自分が生きている時間を確認するには、基本的に自分の持っている時計を見るほかない。であれば、自分の時間を確認するにふさわしい物を持とう、と考えるのは当然だろう。ペンと同じである。紙に記録するツールでしかないが、マニアでなくてもペンを吟味する人たちが少なくないのは、彼ら・彼女らが、自分の人生を記す意味を、真剣にとらえているからだろう。クルマや家のように、おおっぴらに見せるわけではないから、より一層、時計やペンといった小物の選択にはパーソナルな色合いが濃くなっていく。自分にしかわからないのであれば、自分だけの思いを込めることは容易になるだろう。

 モノなんて好きに買えばいい、と思うこともある。ただモノ選びを通じて、自分のアイデンティティーを見出そうとする人たちの営みは、興味深いし、敬意を払いたくもなる。ブランドや価格で、持ち物とその持ち主を評価するのは難しくない。しかし、モノを通じて、自分自身に向き合っている人たちを見つづけてきた結果、もはや軽々にモノを言うことはできなくなった。

 もしあなたが、身分不相応なペンや時計を持っている人を見かけたら注意深くチェックあれ。彼や彼女は、モノがわかっていないのではなく、ひょっとして、わかった上で、あえてやっているのかもしれない。モノは持ち主のアイデンティティーを語る。似合っている場合はもちろんだが、似合っていない場合でさえも、そうかもしれないではないか。

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広田雅将(ひろた・まさゆき)
時計専門誌『クロノス日本版』編集長。1974年大阪府生まれ。サラリーマンを経て2004年からフリーのジャーナリストとして活動。2016年から現職。朝日新聞&、GQ JAPANなどに連載多数。

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