生命の目盛り

#10

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スイス時計の個性

仕事柄、時計メーカーの工場にはよく出かける。そこでいつも思う。地理というのは時計メーカーに強い影響を及ぼしているのだ、と。好例はスイスだ。

スイスという国は横に長いサツマイモみたいな形をしている。左の突端部にあるのは有名なジュネーブで、周りをフランスに囲まれている。そのためフランスから、政治難民などが流れ込んだ。ジュネーブという街はスイスの中でもちょっと特権的な意識を持っているようで、ジュネーブにある時計メーカーは、今なお「ジュネーブ」という文字を文字盤に入れたがるし、私たちも、ジュネーブという文字を見ると、高級時計の名産地という印象を持つ。パテック フィリップやヴァシュロン・コンスタンタン、ショパールなどがジュネーブを代表するメーカーだ。

このジュネーブを支えてきたのが、ジュネーブの北にあるジュウ渓谷だ。こちらはフランスからの抜け道に当たる所で、ジュネーブ以上に政治難民が流れてきた。彼らはこの地に住み、農業などを営む傍ら、やがて家にいてもできる産業として時計作りを選んだ。ただし彼らは売るすべがないので、製作した機械をジュネーブなどに卸して生計を立てていた。そんなジュウ渓谷の冬は大変厳しく、家の中から出るのもやっとだ。そこで彼らは、数を作らずとも高価格で売れる複雑な時計を作るようになった。オーデマ ピゲやジャガー・ルクルトといった、精密な機械で知られる会社が、ジュウ渓谷に集まった理由だ。

スイスの北部になると、状況はまた変わってくる。スイスの交通手段は、長年水運に頼っていた。湖や川沿いに大都市ができあがった一因である。その頂点にあるのが、バーゼルという都市だ。場所は、サツマイモみたいな形をしたスイスの一番てっぺんにある。ここはヨーロッパの大動脈だったライン川の終着点で、つまりバーゼルにものを持っていけば、ライン川を経て世界中に物を輸出できた。そのためスイスの中部から北部にかけては大量生産できるメーカーが集まった。ビエンヌのオメガ、シャフハウゼンのIWC、サンティミエのロンジンなどが好例だろう。また、バーゼルが海外への窓口だったことを考えれば、なぜスイスの時計見本市が、バーゼルで開かれるようになったのかという理由も分かる。

ちなみにバーゼルの時計見本市は、毎年かならず、イースター(キリスト復活祭)の直前に行われる。このタイミングにも理由がある。かつて時計師たちは、冬の間作っていた時計を、春になるとバーゼルで売り払い、そのお金でイースターを祝ったそうだ。スイスという国は山だらけで歩きにくい土地だが、幸いにも、スイスの北部は、どんな田舎であっても一本道でバーゼルに出られる。時計を売るならバーゼルで、とスイス人が思うようになったのは当然だろう。

今となっては、地域がもたらした時計メーカーの個性は、年々小さくなっている。しかし、子細に見るとやはり土地が与えた影響は濃厚だ。もし皆さんがスイス製の時計をお持ちだったら、ぜひどこで作られているのかを見ることをお勧めする。そのメーカーがそこに生まれて育った理由を考えたとき、持っている時計に対する愛着も一層わくに違いない。

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広田雅将(ひろた・まさゆき)
時計専門誌『クロノス日本版』編集長。1974年大阪府生まれ。サラリーマンを経て2004年からフリーのジャーナリストとして活動。2016年から現職。朝日新聞&、GQ JAPANなどに連載多数。

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