生命の目盛り

#08

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時を感じる時計たち

相対性理論って何ですか、と聞かれたアインシュタインは「好きな子のそばにいると時間が経つのを速く感じる、そういうことだ」と答えたそうだ。なるほど、私たちは一定の時間に生きているが、アインシュタインが述べたように、実のところ、感じる時間はあくまで主観的だ。楽しいディナーはすぐに過ぎるが、つまらない会議は、時間が永遠に続くような気がする。

世の中にあるほぼ100%の時計は、正確に一定の時間を刻む、という目的を持っている。しかし中には、主観的な時、あるいは感じる時にフォーカスした時計もある。例えば、フランク・ミュラーの「クレイジーアワーズ」。普通、時計の文字盤は上に12時があり、1時間ごとに、時の目盛りが刻まれている。しかしこの時計の時間を示す目盛りは、ランダムに置かれている。つまり、パッと見ただけで時間は分からないのである。製作したフランク・ミュラーは「時は人が作ったものであり、なにをしてもいいのだ」と語ったそうだ。

もうひとつは、エルメスの「タンシュスポンデュ」という時計である。〝タンシュスポンデュ〟とは、フランス語で、“引っ掛け置かれた時間”を意味するそうだ。そして、公式のウェブサイトにはこう説明がある「―時の制約から解放されたひとときを過ごすための時計です」。説明を聞いてもさっぱり分からないが、操作すると合点がいく。9時位置のボタンを押すと、動いている時分針は12時位置に固定され、針で示す日付表示も、文字盤の下に隠れてしまうのである。そして9時位置のボタンを押すと、時分針と日付表示は、たちまち元の位置に戻る。

こんな時計を買う人はいるのかと思いきや、結構少なくない。そのひとりに理由を聞いたところ、「時に縛られるのは嫌なのだ」とのことだった。ではそういう人が、時間にルーズなのかというとむしろ真逆で、社会人としては見事なまでにちゃんとしている。曰く、「遊びの時ぐらいは時計を見たくないが、時計を外すわけにはいかない。だからあえて時間を楽しめる時計を買った」のだという。

かくいう筆者にも、ひとつお勧めがある。ジャガー・ルクルトの「レベルソ」という時計だ。もともとはポロ競技のために作られた時計で、ガラスを保護するために時計部分をひっくり返せる。しかし筆者の知っているある人は、ポロもしないのに大体時計をひっくり返している。「時間なんて見たくないから」だそうだ。だったら時計を着けなければいいのにと思うが、「社会との繋がりを維持するために時計は着けている」とのことだった。これは賢い解決策に思える。

私たちは、常に一定の時間に生き、しばしばそれに追われる。しかし時を主観的に感じることで、ひょっとして時に追われなくなるのかもしれない。休みを取る、好きな人と遊びに行く、いろいろな時の感じ方があるだろう。しかし時を主観的にコントロールできる時計を腕に巻くことで、ひょっとしたら、緩急を付けて、時を楽しめるのかもしれない。

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広田雅将(ひろた・まさゆき)
時計専門誌『クロノス日本版』編集長。1974年大阪府生まれ。サラリーマンを経て2004年からフリーのジャーナリストとして活動。2016年から現職。朝日新聞&、GQ JAPANなどに連載多数。

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