ヒトは何をどう成し遂げてきたのか

#05

メインビジュアル

クォーツのお話

僕はいわゆる「時計メディア」で仕事をしている。見る時計、掲載する時計の多くはゼンマイで動く機械式だ。個人的にも機械式時計は好きだが、だからといって電池で動くクォーツを、時計じゃないなんて思ったことは一度もない。どの時計も面白いし、クォーツだって大変に魅力的だ。機械式と違って人が携わっていないと感じる人はいるだろうが、クォーツに電気を流すと振動する、という事実を発見したのは、かのピエール・キュリーだった。

しかし重要なのは、キュリーの発見以上に、この原理を時計に用いて、精度を高めようとしたことだった。個人的には、人類の歴史の中で、正確なクォーツの普及ほど意義があったことはない、と思っている。クォーツの普及に肩を並べるのは、せいぜい紙の発明ぐらいではないか。 かつて、正確な時間を知るのは、権力者だけが可能なことだった。例えば初代ローマ皇帝になったアウグストゥス。彼はローマの中心部に巨大な日時計を作り、人々に正しい時間を知らしめた。以降多くの王は、彼にならって日時計やクロックを作った。そういう権力者に抗した自由都市も、町のもっとも目立つところに、やはり豪華で正確なクロックを据え付けて、王侯貴族に張り合った。権力者がいなくても時計が持てるというのが、自由都市の誇りだったわけだ。

正確な時計を作るにはコストがかかり、それはあくまで富と力を持つものだけが可能だった。つまり正確な時間と、それをもたらす正確な時計は、権力の象徴だったのである。と考えれば、ヨーロッパの王侯貴族たちが、時計を収集したり、時計修理を好んだのも理解できる。例えばハプスブルグ家のカール5世。引退後の彼は、修道院にこもって時計の修理に精を出したという話がある。あくまで民間伝承だが、「日の沈まぬ帝国」を築いた皇帝の趣味として、時計修理ははふさわしいものだったに違いない。 産業革命の進化に伴い、携帯できるウォッチの値段は大きく下がった。しかしそれらは必ずしも正確でなかったし、すぐに壊れるような代物だった。19世紀後半以降、庶民もウォッチを手にできるようになったものの、正確な時計は、まだまだ権力者の持ち物だったのである。

しかし1969年にクォーツが市販されて以降、どんな身分の人であれ、正確な時計を持てるようになった。その精度は月差±15秒以内。300年前ならば、これほど正確な時計は、船を買えるほどの金額を積まなければ手に入らなかった。加えて言うと、いくつかのクォーツに至っては、年差±10秒以内である。かつて年に10秒しか狂わない時計が存在していたら、王侯貴族たちは、喜んで国と交換したに違いない。

私たちは、クォーツの普及がもたらした正確な時間を、当たり前のように享受している。しかし人類すべてが正しい時間を知れるようになったのは、たかだか数十年前のことに過ぎなかったわけだ。人々に平等をもたらしたクォーツの普及。人類の歴史において、これほど意義あることが他にあるとは思えない。

イメージ

広田雅将(ひろた・まさゆき)
時計専門誌『クロノス日本版』編集長。1974年大阪府生まれ。サラリーマンを経て2004年からフリーのジャーナリストとして活動。2016年から現職。朝日新聞&、GQ JAPANなどに連載多数。

関連タグ

この記事をシェア

  • tweetする
  • シェア
INDEX