ヒトは何をどう成し遂げてきたのか

#04

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機械式時計、温故知新というなかれ

 腕時計には、大きくふたつの種類がある。ゼンマイで動く機械式と、電池で動くクォーツだ。実用性を考えると、圧倒的にクォーツが優れている。時間は正確だし、バッテリーの寿命も長いし、しかも最近は太陽電池が載っているから、事実上バッテリー切れを起こさない。また、機械式時計でありがちな磁気帯びという問題も起こりにくい。クォーツも磁気帯びすることはあるが、すぐに磁界から外せば大体問題は解消する。今や、世界中の時計のほとんどが、クォーツに置き換わったのも納得ではないか。

では機械式時計はあくまで趣味のものなのか。そうではないから、時計は面白いのである。ゼンマイで動く機械式は、ゼンマイを目一杯巻いても、せいぜい2日か3日しか動かない。しかしその代償として、クォーツよりもはるかに力が強い。一般的なムーブメント(機械)で比較すると、力は2倍から3倍違うといわれる。力が強いと太くて長い針を回せるし、クロノグラフといった複雑機構も動かしやすい。事実、アナログ式のクォーツクロノグラフが普及したのは、クォーツが市販されて約20年後のことだった。力の弱いクォーツで、複数の針を動かすクロノグラフを作るのは難しかったのである。

よく機械式時計は一生ものと言われる。ひとつめの理由は、ほとんどの機械式時計は分解修理が可能なため。人の手で組み立てる機械式時計は、3年から5年に一度分解掃除すれば、かなり長く使える。最近は分解できないものもあるが、あくまで少数派だ。そしてもうひとつの理由が、太くて長い針を持つためである。力の強い機械式は、クォーツに比べて針を太く長くできる。そのため、老眼になっても時間が読みやすいのだ。例えばパネライ。個人的には世界で最も視認性に優れる時計と思っているが、理由は、搭載するムーブメントが、太くて長い針を回せるだけのトルクを持っているためだ。なおクォーツでも機械式時計並のトルクを持つものもあるが、筆者の知る限りふたつしかない。それ以外のクォーツは、相変わらずトルクが小さい。

ちなみにPCが普及した今でも、筆者は取材にペンとノートを持って行く。取材現場にPCやレコーダーを持ち込むライターは少なくないが、筆者はずっと手で書いてきたし、今後もそうだろう。理由は機械式時計に同じで、やはりメリットがあるからだ。PCで取ったメモはなぜか忘れてしまうが、手で書いたメモは、ノートを見ると不思議と内容を思い出せるのである。それと、出先でパソコンが壊れても、取材ノートさえあれば、仕事ができてしまうのである。ノートとペンの組み合わせは究極のモバイルであって、この身軽さはなにものにも代えがたい。

機械式時計をアナログな趣味と見なす人は少なくない。しかし、それだけでは今まで生き残れなかっただろう。メリットがあればこそ、機械式時計は命脈を保ってきたし、今後もそうに違いない。温故知新というなかれ。残るものには、常に理由があるのだ。

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広田雅将(ひろた・まさゆき)
時計専門誌『クロノス日本版』編集長。1974年大阪府生まれ。サラリーマンを経て2004年からフリーのジャーナリストとして活動。2016年から現職。朝日新聞&、GQ JAPANなどに連載多数。

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