ヒトは何をどう成し遂げてきたのか

#03

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6月10日、時の記念日を思う

 今でこそ、日本人は約束厳守、時間厳守というイメージをもたれる。しかし昔からそうだったかというと、いささか疑わしい。明治時代の初めに、イザベラ・バードというイギリス人の旅行者が国内を旅行した。その詳細は『日本奥地紀行』(平凡社)または、『イザベラ・バードの日本紀行』(講談社学術文庫)にまとめられており、かつての日本人がどうだったかを知ることができる。

彼女は日本人に対して最大限好意的だったが、嘘をつくとか、時間にいい加減とか、いろいろ不満があったらしい。これは来日者に共通する不満だったようで、そういう記述はいくらでも見つかる。

日本人もそれを分かっていたようで、明治維新後、さまざまな「改善運動」が行われた。そのひとつに、時の記念日の制定がある。今でこそその意義は失われたが、そもそもは、時間を守り、日常生活を合理的にしようという国民運動だったのである。では、なぜ6月10日なのか。天智天皇が水時計を建設し、それで時を知らせたのが、671年の太陽暦に直すと6月10日だったから、らしい。天皇が時間をきちんと正したのだから、時刻をきちんと守ろうというのは、当時の人には受け入れやすい、あるいは受け入れなければならない内容だったはずだ。

以降の日本人が、時間を守るようになった一因は、間違いなく時の記念日の制定にある。以降、小中学校は時間の大切さを教え、宗教施設や企業は鐘鼓や汽笛などで時報を知らせるようになり、メディアはこぞって、時間に正確であるという意義を強調するようになった。

加速させたのは、国鉄も時間にやかましくなったことだろう。現在日本の鉄道は世界一正確といわれているが、そうなったのは、少なくとも1920年以降である。時の記念日との関係は不明だが、時間に正確であれという国民運動が、国鉄の運営に、大きな影響を与えたことは想像に難くない。結果として、日本の時計産業は、やがて世界で最も正確なクォーツウォッチを量産するようになったのである。「もし国鉄が時間を厳守しなければ、日本の時計メーカーは、クォーツを普及させようとは思わなかっただろう」と、ある関係者が述べたはずである。

今や、時の記念日と聞いても、分かる人は、時計好き程度しかいないだろう。しかし時間に正確であるべき、という趣旨から生まれたこの記念日は、改めて、見直す価値を持っているのではないか。大事なのは、時間を正しく管理すること。

これを読んでいる皆さんは、もちろん時間に正確だろう。しかし手帳を開いて、改めてスケジュールを確認したり、時計を見て、少し前の行動を心がけることはできそうだ。時間に対して真面目に向かい合える日があると聞けば、少しばかり背筋が伸びるような気がする。

今や日本人は、世界で一番、約束と時間を守る民族だと思われている。しかしそれは、たかだか100年ほどの伝統しかないのであって、自覚しないと、たちまち損なわれてしまうだろう。約束と時間厳守が当然になった今だからこそ、時の記念日の本当の意義を、思い出してもいいのではないか。ちなみに、6月10日が「時間」の記念日ではなく、「時」の記念日なのは面白い。時間というのは瞬間であり、対して時という概念はもっと長い。時の記念日が本当に問いかけているのは、一瞬一瞬のありかたではなく、一生かけて自分のあり方を見つめ直していくことなのかもしれない。

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広田雅将(ひろた・まさゆき)
時計専門誌『クロノス日本版』編集長。1974年大阪府生まれ。サラリーマンを経て2004年からフリーのジャーナリストとして活動。2016年から現職。朝日新聞&、GQ JAPANなどに連載多数。

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