ヒトは何をどう成し遂げてきたのか

#01

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クロノグラフ、私は時を司る

時計の中にクロノグラフというジャンルがある。簡単に言うと、ストップウォッチ付きの時計だ。今や安価で精度の高いデジタル式のクロノグラフが標準だが、あえてアナログ式を好む人も少なくない。かく言う筆者もそのひとりだ。日常生活で不可欠な道具ではないが、アナログ式のクロノグラフで時間を計ると、少しだけ、自分が時を司っている気分が味わえる。あくまで気分だが、それは重要だ。

クロノグラフという名前は、時を司る神である「クロノス」と、書くという意味の「グラフ」を足した造語である。名前が示す通り、最初期のクロノグラフは計測時間を紙に記す機械だった。回転する針の先にペンが付いており、その時間になるとペンが印を付けるのである。記録に残された初のクロノグラフは1816年だが、いわゆる計測機械として世に現れたのは1821年のことだ。以降クロノグラフは進化を遂げ、19世紀の半ばごろには、ボタンでスタート・ストップ、リセットを行うというシステムが完成した。産業の進化には計測機械が不可欠であり、たちまちクロノグラフは世界の至る所で見られるようになった。

歴史的な経緯やその意義はさておき、クロノグラフの魅力が普及した本当の理由は、時を司ることができるからではないか。ただ時刻を表示するだけの時計に対して、クロノグラフは、自分が操作することで時間にコミットできる。あくまで錯覚でしかないが、電車での移動時間や、食事の時間などを計るたび、自分は時間に流される人ではなく、実は時間の管理者であることに気づかされる。今時、持ち主に自覚的であることを求める、クロノグラフのようなツールがいくつあるだろうか。

知り合いの息子さんが成人するという。その際、どんな時計を贈ればいいのかという相談を受けた。本人が気に入るなら何でもいいが、きっとクロノグラフは面白いはずと答えた。理由は、時間に流されるのではなく、自分が時を司っていることを自覚できるから。クロノグラフを着けて、人生が大きく変わるわけではない。しかし時に対して、少しでも自覚的になることは、その人の人生にとって、決してマイナスにはならないだろう。

知り合いにアドバイスを送った後、クロノグラフを腕に巻いてみた。ボタンを押して、クロノグラフを作動させると、アナログの針は一秒ずつ計測時間を重ねていく。忙しくて時間に追われていると感じる人は、ぜひクロノグラフを買って、動かしてみるといい。時が自分を動かすのではなく、自分が時をスタートさせ、止め、そしてリセットする。その感触と動きは、少しばかり、人生に対する自信を取り戻させてくれる気がする。

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広田雅将(ひろた・まさゆき)
時計専門誌『クロノス日本版』編集長。1974年大阪府生まれ。サラリーマンを経て2004年からフリーのジャーナリストとして活動。2016年から現職。朝日新聞&、GQ JAPANなどに連載多数。

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