生命の目盛り

時計は目に見えない時間を可視化するほぼ唯一のアイテムであるだけでなく、私たちの有限の生命を刻む「目盛り」でもあります。そんな時計にまつわるさまざまなエピソードや人間ドラマを、時計専門誌『クロノス日本版』編集長の広田雅将氏が綴ります。

生命の目盛り#13生まれ年の時計を買って思ったこと
イメージ機械式時計はクォーツ時計ほど正確ではないが、いくつかメリットがある。その最たるものが“長持ちする”だろう。もちろん修理可能なクォーツ時計もあるが、機械式時計に比べるとずっと少ない。よほど出来が悪いものを買わない限り、機械式時計は直しながら数十年使うことができるわけで、だから今なお売れ続けている。
生命の目盛り#12時は流れるものか刻むものか
イメージ人と話していると、時に対する考え方がふたつあることに気づかされる。ある人は、時は流れるものと考え、ある人は、時は刻むものと考える。考え方の違いは、面白いことに時計そのものにも現れている。ゼンマイで動く機械式と、電池で動くクォーツ。両者の違いは、秒針の動きを見れば明らかだ。ほとんどの機械式時計は、秒針が流れるように動いていく。対してほとんどのクォーツ時計は、秒針が1秒ごとに動く。時が流れる、を体現する前者に対して、後者が示すのは時は刻むという概念だ。
生命の目盛り#11正確な時間を得るようになったのは
イメージ昔の人たちは正確な時間を知らなかった、と私たちは考える。しかし本当にそうだろうか。人の集まるところ、正確な時間が必要となり、そのため人々は、正しい時間を知ろうと努めた。 一例が、ローマである。共和制ローマの末期から初期にかけて、ローマの人々は携帯用の水時計を好んで使っていた。もっともこれは、時計ではなく、時間の経過を測るためのタイマーだった。例えば、かのユリウス・カエサル。彼は戦争の経過時間を、水時計で測っていた。当時の著名な弁護士であるキケロも、やはり法廷で水時計を用いていたらしい。それがどのような物かは伝わっていないが、原型となったギリシャの水時計を見る限り、決して大きな物ではなかった、と想像できる。
生命の目盛り#10スイス時計の個性
イメージ仕事柄、時計メーカーの工場にはよく出かける。そこでいつも思う。地理というのは時計メーカーに強い影響を及ぼしているのだ、と。好例はスイスだ。 スイスという国は横に長いサツマイモみたいな形をしている。左の突端部にあるのは有名なジュネーブで、周りをフランスに囲まれている。そのためフランスから、政治難民などが流れ込んだ。ジュネーブという街はスイスの中でもちょっと特権的な意識を持っているようで、ジュネーブにある時計メーカーは、今なお「ジュネーブ」という文字を文字盤に入れたがるし、私たちも、ジュネーブという文字を見ると、高級時計の名産地という印象を持つ。パテック フィリップやヴァシュロン・コンスタンタン、ショパールなどがジュネーブを代表するメーカーだ。
生命の目盛り#09時計と記憶を重ねる人たち
イメージ筆者は時計を生業にしていて、毎日のように様々な時計を見る。もちろん時計に対する愛情は人並み以上にあるし“記録”もするが、個々の時計に対して“記憶”があるかというと、時々疑わしくも思う。あまりにも多くの時計が、目の前を通り過ぎてしまうのだ。SNSで知った情報が、数日後、頭の中に留まっていないように、である。
生命の目盛り#08時を感じる時計たち
イメージ相対性理論って何ですか、と聞かれたアインシュタインは「好きな子のそばにいると時間が経つのを速く感じる、そういうことだ」と答えたそうだ。なるほど、私たちは一定の時間に生きているが、アインシュタインが述べたように、実のところ、感じる時間はあくまで主観的だ。楽しいディナーはすぐに過ぎるが、つまらない会議は、時間が永遠に続くような気がする。
生命の目盛り#07一日は12時間×2なのか、24時間なのか?
イメージ筆者は昔から、24時間時計のファンだ。普通の時計の時針は文字盤を12時間で一周する。対して24時間時計は時針が24時間で1周する。24時制はしばしば軍事時間と呼ばれ、それを表示する24時間時計は、パイロットや軍人たちに好まれてきた。ちなみに筆者が24時間時計を好む理由は、時針が1日に一回転しかしないためだ。ゆったり動く針を見ていると、時間に追われている気がしない。
生命の目盛り#06モノ選びで外さないコツ:自分を知ること
イメージ生きているとモノが増えていく。だから最近は、断捨離なるものが流行っているらしい。時々はいらないモノを捨てて、身軽になっていく。しかしやはり、モノは増えていく。 時計を生業にしていると、しばしば購入相談を受ける。こういう時計が買いたいのですが、お得でしょうか。答えるのは簡単だが、最近はあまりやらないようにしている。相手の人となりが分からなければ、アドバイスは的外れになるからだ。どんなに気に入った時計でも、使わなければ、やがて断捨離の対象となる。
生命の目盛り#05クォーツのお話
イメージ僕はいわゆる「時計メディア」で仕事をしている。見る時計、掲載する時計の多くはゼンマイで動く機械式だ。個人的にも機械式時計は好きだが、だからといって電池で動くクォーツを、時計じゃないなんて思ったことは一度もない。どの時計も面白いし、クォーツだって大変に魅力的だ。
生命の目盛り#04機械式時計、温故知新というなかれ
イメージ腕時計には、大きくふたつの種類がある。ゼンマイで動く機械式と、電池で動くクォーツだ。実用性を考えると、圧倒的にクォーツが優れている。時間は正確だし、バッテリーの寿命も長いし、しかも最近は太陽電池が載っているから、事実上バッテリー切れを起こさない。
生命の目盛り#036月10日、時の記念日を思う
イメージ今でこそ、日本人は約束厳守、時間厳守というイメージをもたれる。しかし昔からそうだったかというと、いささか疑わしい。明治時代の初めに、イザベラ・バードというイギリス人の旅行者が国内を旅行した。その詳細は『日本奥地紀行』(平凡社)または、『イザベラ・バードの日本紀行』(講談社学術文庫)にまとめられており、かつての日本人がどうだったかを知ることができる。
生命の目盛り#02幸せになりたかったら
イメージ日本ではあまり意識されないが、時計には明確なTPOがある。たとえばタキシードを着るときの時計は、2針の貴金属製で薄い物、ビジネスシーンで使うならば最低でも秒針付き、といった具合だ。アウトな基準もある。厳密に言うと、スーツにダイバーズウォッチを合わせたり、タキシードにステンレス製の時計を合わせるのはダメなのである。筆者はかつて、時計の着けこなしに対して「原理主義的」だったが、年々基準がゆるくなった。仕事柄あまり公言できないが、最近は、好きな時計を好きに着ければいいと思っている。
生命の目盛り#01クロノグラフ、私は時を司る
イメージ時計の中にクロノグラフというジャンルがある。簡単に言うと、ストップウォッチ付きの時計だ。今や安価で精度の高いデジタル式のクロノグラフが標準だが、あえてアナログ式を好む人も少なくない。かく言う筆者もそのひとりだ。日常生活で不可欠な道具ではないが、アナログ式のクロノグラフで時間を計ると、少しだけ、自分が時を司っている気分が味わえる。あくまで気分だが、それは重要だ。

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