生命の目盛り

時計は目に見えない時間を可視化するほぼ唯一のアイテムであるだけでなく、私たちの有限の生命を刻む「目盛り」でもあります。そんな時計にまつわるさまざまなエピソードや人間ドラマを、時計専門誌『クロノス日本版』編集長の広田雅将氏が綴ります。

生命の目盛り#036月10日、時の記念日を思う
イメージ今でこそ、日本人は約束厳守、時間厳守というイメージをもたれる。しかし昔からそうだったかというと、いささか疑わしい。明治時代の初めに、イザベラ・バードというイギリス人の旅行者が国内を旅行した。その詳細は『日本奥地紀行』(平凡社)または、『イザベラ・バードの日本紀行』(講談社学術文庫)にまとめられており、かつての日本人がどうだったかを知ることができる。
生命の目盛り#02幸せになりたかったら
イメージ本ではあまり意識されないが、時計には明確なTPOがある。たとえばタキシードを着るときの時計は、2針の貴金属製で薄い物、ビジネスシーンで使うならば最低でも秒針付き、といった具合だ。アウトな基準もある。厳密に言うと、スーツにダイバーズウォッチを合わせたり、タキシードにステンレス製の時計を合わせるのはダメなのである。筆者はかつて、時計の着けこなしに対して「原理主義的」だったが、年々基準がゆるくなった。仕事柄あまり公言できないが、最近は、好きな時計を好きに着ければいいと思っている。
生命の目盛り#01クロノグラフ、私は時を司る
イメージ時計の中にクロノグラフというジャンルがある。簡単に言うと、ストップウォッチ付きの時計だ。今や安価で精度の高いデジタル式のクロノグラフが標準だが、あえてアナログ式を好む人も少なくない。かく言う筆者もそのひとりだ。日常生活で不可欠な道具ではないが、アナログ式のクロノグラフで時間を計ると、少しだけ、自分が時を司っている気分が味わえる。あくまで気分だが、それは重要だ。

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