未来百景

A.I.

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人間の生活を便利にする発明が生まれるとともに、それに対して警鐘を鳴らす声が同時に生まれることも、もはやお決まりとも言える。卑近な例で言えば、スマートフォンに対する依存性の懸念などが挙げられるだろう。しかしながら、いちど生まれた利便性は、手放すことは非常に難しい。結局のところ、普及とともに懸念の声も次第に下火になることが歴史の必然でもあろう。

ただそれでも、科学には「越えてはならない最後の壁」が存在することも確かだろう。ひとつには、感情を人間以外のものに付与することである。人間と同じ感情を持ちながらも、しかし「人間ではない」がゆえに苦悩する存在――たとえば、ジュール・シュペルヴィエルの短編小説『海に住む少女』などがわかりやすいかもしれない。船乗りの気まぐれな感傷によって生み落とされた、「生きることも死ぬことも愛することもできない」幽霊のような少女の苦悩。「人間的」な感情と「非人間的」な身体(もしくはその欠如)との間で引き裂かれる悲しみが、詩情豊かに謳いあげられる。

スタンリー・キューブリックが構想し、スティーブン・スピルバーグが監督した『A.I.』は、科学の臨界点における、ふたつの「禁忌」を描く作品である。近未来、妊娠・出産に厳しい許可制度が敷かれる中で、実子の代替物として、人間と同じ感情をもつ少年型ロボットが制作される。デイビッドと名付けられたそのロボットは、制作会社の社員夫妻のもとに実験的に送られた。やがて家族として受け入れられるデイビッドだったが、不治の病で冷凍保存されていた夫妻の実子が奇跡的な回復をとげたことで、次第に疎ましがられる存在となる。ついに棄てられたデイビッドは、母の愛を求めてあてもない旅に出るが――。

デイビッドにとっての不幸は、「母の愛を得る」以外の生き方を選べないことにあった。つまり、両親=買い主への盲目的な愛情をインプットされ、そこから逸脱した自由な思考などは許されなかったのだ。しかしながら、現実世界で「母の愛を得る」ことはもはや不可能だ。とすれば、デイビッドの行き着く先には何があるのだろうか。

デイビッドは一度は機能を停止し、2000年後の未来にふたたび復活する。それは人類が絶滅し、高度な機能を持ったロボットたちが支配する時代である。目覚めたデイビッドに対し、彼らはひとつだけ願いを叶えられると告げる。デイビッドの願いは言うまでもない。はるか昔に亡くなった母を蘇らせることである。

死者を蘇らせること。これもまたいくつもの作品で変奏された「禁忌」であり、それを踏み越えた人間はやがて破滅をとげることがほとんどだ。『A.I.』の場合も例外ではなく、クローン技術を用いて母親を蘇らせることはできるものの、許された寿命は1日のみという条件があった。やがて1日は終わり、母親に寄り添うように、デイビッドもまた機能を止める。

『A.I.』はある視点からは、科学の暴走に対する因果応報を描いた作品と形容できるだろう。感情を持ったロボットを作りだした人間が滅びたあとに、もはや人間と同等の存在として、死者を蘇らせたデイビッドも世界に別れを告げることとなる。

「許されること」と「許されないこと」の境界線。その基準は非常にあいまいであり、結局のところ、個々人の倫理観に収斂されるものでしかないかもしれない。しかしながら、そうした判断も面倒と「機械」のように利益や欲望を追求した先には、待ち受けているのは破滅でしかないのではないか。「生命を作りたい/蘇らせたい」という、ある種極めて人間的な願いを、しかし「機械的に」――無思考に実行した果てに何があるのか。『A.I.』は、人間と科学の共存における、ひとつの試金石となる作品でもあるかもしれない。

若林良(わかばやしりょう)
1990年生まれ。映画批評・現代日本文学批評。ドキュメンタリーマガジン『neoneo』編集委員。専門は太平洋戦争を題材とした日本映画。またジャンルを問わず「社会派」作品全般。

【『ヱクリヲ』とは】
エクリヲ 批評家・佐々木敦の主宰する「映画美学校 批評家養成ギブス第三期」のメンバーを中心として、2014年11月に結成。映画・音楽・文学・美術といった領野を貫通する批評活動を展開している。現在は「ゲンロン 批評再生塾」や全国の若手研究者とも協働し、おもに20代の書き手を中心に雑誌やweb上で活動している。今年の5月には最新号『ヱクリヲ6』(「ジャームッシュ、映画の奏でる音楽」「デザインが思考する/デザインを思考する」特集)を上梓、全国書店やディスクユニオン等で発売中。

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『A.I.』
ブルーレイ ¥2,381+税/DVD ¥1,429 +税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
(C) 2001 Warner Bros. Entertainment Inc. and Dreamworks LLC. All rights reserved.

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