未来百景

#06

インターステラー

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時間とは不可逆的で、かつ不変的なものだとわたしたちは信じている。時間は未来に向かってただ進んでいくものであり、60秒という時の長さはたとえ地球の裏側にあるブラジルにいたとしても同じだ。

しかし、科学はときにわたしたちの素朴な直感を裏切ってみせる。相対性理論は時空――時間と空間が重力によって捻じ曲がることを証明した。アインシュタインの理論にしたがえば、重力が強い場所は弱い場所に比べて時間がゆっくりと進む。時間の流れはまさしく「相対的」なものにすぎない。

映画『インターステラー』は、奇才クリストファー・ノーランによるSF大作である。頻発する砂嵐がもたらした食糧難によって、人類は絶滅の危機に瀕していた。主人公たるクーパーは過去のパイロット経験を買われ、人類を救うべく移住可能な惑星を探索する「ラザロ作戦」へと参加する。

同作は相対性理論のもとに進展した天体物理学の知見を反映することで、「時」を主題とした物語となっている。ブラックホール「ガルガンチュア」付近の惑星では強大な重力により、その星で経過する1時間が地球での7年間に相当する。重力による時空の歪みが生み出すとされる「ワームホール」は、光年単位で離れた地点への瞬間移動(時間旅行!)を可能にする。作品終盤ではブラックホール内部へと飲み込まれていったクーパーが、時空を超越した五次元空間を体験することになる様子が描かれる。

時間の相対性を描き、天体物理学が証明しつつある宇宙の相貌を描出する『インターステラー』は、これまでになく先進的な本格SF映画といっていいのかもしれない。しかし、人類の想像力は科学が進歩する速度で変化していくものではない。『インターステラー』はその先進性におよそ見合わない世界観を内包していることを、わたしたちは見逃してはいないだろうか。

どういうことか。作中に地球で頻発する砂嵐には、先行する明確な史的モデルが存在する。それは30年代にアメリカ中西部を襲った、断続的な大砂塵「ダスト・ボウル」だ。この砂嵐によって土地を追われた労働者は340万人に上り、その多くは貧困へと落ちこんでいった。中西部はその後、70年代における米国工業の衰退によって「ラスト・ベルト(錆びついた地域)」となり、下層白人たちの物語はそこでも反復されることになる。

クーパーの人物像には、この下層白人たちの来歴が影を落としていることに注目したい。彼は中西部の農夫であり、同時に機械に精通する元エンジニア=工場労働者でもある。クーパーが宇宙というフロンティアを目指すのは、西進運動あるいは宇宙開発で世界をリードした「偉大だったアメリカ」を取り戻すという下層白人たちの時空を超えた願望のようにも思えてくる。

「偉大だったアメリカ」への重力は、その終幕において極点に達することになる。ブラックホールへと吸い込まれていくクーパーは膨大な光の「塵」を目撃し、やがて五次元空間へとたどり着く。時を遡ったクーパーが娘のマーフに量子データを伝えることで、人類は絶滅を逃れることになる。

この「ダスト・ボウル」的砂/光塵を切り抜けたとき、同作はその真の相貌を顕にしてわたしたちの前に立ち上がってくる。土星付近に建造されたスペースコロニー「クーパーズ・ステーション」で意識を取り戻したクーパーが窓の外に目をやると、超重力空間で野球に興じる少年たちの姿がある。この光景に、開拓者ウィリアム・クーパー――クエーカー教徒として英国を離れ、米国に入植した血筋だ――がニューヨークに建造し、野球が始まった記念すべき土地である「クーパーズ・タウン」を連想しないではいられない。

ありうべき未来を先端物理学のもとに描出したかにみえた『インターステラー』は同時に、過去という重力に引っ張られてもいる。わたしたちが未来を考えるとき、そこにはつねに「あるべきだった」過去の影がつねに入り込む――。

山下研(やました・けん)
批評家・ライター。「ゲンロン 批評再生塾」第二期総代。批評誌『ヱクリヲ』編集・執筆陣。主な関心領域は、映画を中心とした写真や絵画といった視覚文化全般。1989年12月、東京都杉並区生まれ。慶應義塾大学商学部卒。「映画美学校 批評家養成ギブス」第三期に参加し、有志メンバーともに批評誌『エクリヲ』を創刊。 最近の著述活動にドキュメンタリー批評誌『neoneo #9』にて「慈愛の球体――『ねむの木の詩がきこえる』論」を寄稿。その他には『ヱクリヲweb』にて「塗りつぶされた『抵抗』の肖像――アンジェイ・ワイダ『残像』レビュー」など。

【『ヱクリヲ』とは】
エクリヲ 批評家・佐々木敦の主宰する「映画美学校 批評家養成ギブス第三期」のメンバーを中心として、2014年11月に結成。映画・音楽・文学・美術といった領野を貫通する批評活動を展開している。現在は「ゲンロン 批評再生塾」や全国の若手研究者とも協働し、おもに20代の書き手を中心に雑誌やweb上で活動している。今年の5月には最新号『ヱクリヲ6』(「ジャームッシュ、映画の奏でる音楽」「デザインが思考する/デザインを思考する」特集)を上梓、全国書店やディスクユニオン等で発売中。

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『インターステラ—』
ブルーレイ¥2,381 +税
DVD ¥1,429 +税
発売・販売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
(C) 2014 Warner Bros. Entertainment, Inc. and Paramount Pictures. All Rights Reserved.

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