未来百景

#04

マトリックス

メインビジュアル

――「現実としか思えない夢を見たことはあるか?」

わたしたちが生きている世界は、実はプログラムが生み出した仮想現実であり、それは人工知能(A.I. )が人間に幻視させた「夢」にすぎない。『マトリックス』での「現実」において人類とは、A.I. が監視するカプセルのなかでひたすら「夢」をみながらエネルギーを搾取されるために培養される存在だ。キアヌ・リーブス演じる主人公・ネオは日々生きる現実がプログラムによる虚構にすぎず、悪夢のような世界こそが真実と知ると、人類を救うべくA.I. との戦いへと身を投じていく。

「夢」と「現実」の反転した世界――。このテーマ自体はいくつものSF作品で変奏されてきたものだが、『マトリックス』が優れているのはそれを現代のテクノロジー革新とともに描いてみせたことにある。『マトリックス』では現実(にみえる虚構)のすべてがプログラミングで生成されており、真実の世界とは公衆電話を媒介とした通信「網」で接続されている。
 いまやAR(拡張現実)やVR(仮想現実!)が所与のものとなり、人工知能の研究は加速度的に進展している。Google DeepMindによって開発された人工知能プログラム「AlphaGo」が囲碁世界ランク一位の柯潔を破ったことも記憶に新しい今、A.I. が人類の知性を上回るシンギュラリティ(技術的特異点)はにわかに現実味を帯び始めている。
 なによりインターネットがあらゆるモノに汎在する「IoT(Internet of Things)」の時代たる21世紀を、『マトリックス』は前世紀の時点で先駆的に予見していたのだ。

現代の世界そのものが『マトリックス』で描かれるインターネット・プログラミング上の「仮想現実」に近づくことで、わたしたちはより同作に隠された、ある「トリック」に気づきにくくなっている。クライマックスで、ネオはA.I. の支配から逃れた人類と「夢」を見たままの人類、どちらかを一方を救う選択肢を迫られる。ネオは仮想現実内でバグとして暴走するエージェント・スミスを倒すことで、そのどちらをも生存させることに成功する。

一見すれば『マトリックス』はハッピーエンドで幕を閉じたに思える。しかし、そのラスト・ショットが仮想現実(プログラム)内の平穏な朝焼けで終わっていることを見逃してはならない。ネオはA.I. による支配下/支配外の人類どちらかを救うという二者択一を逃れただけで、いまだ人類の大半はA.I. ロボットに培養され「夢」を見続ける存在なのである。  しかし、『マトリックス』で描かれた「仮想現実」が所与のものとなりつつある今、わたしたちはその世界を「夢」と思わずに抵抗なく受け入れるようになりつつあるのかもしれない。

エピグラフに引いたのはモーフィアスがネオに語りかける言葉だ。そして、その発言には続きがある。

――「その夢が覚めなかったら、君は夢と現実を区別できるか?」

「夢」と「現実」を往来するこの物語が、その結末で世界がふたたび反転してしまうことにわたしたちは気づかない。現代の観客が「夢」から目覚めることなく劇場を後にするとき、世界は刻一刻と『マトリックス』の描く未来に近づきつつある。

山下研(やました・けん)
批評家・ライター。1989年東京生まれ。『ゲンロン 批評再生塾』第二期総代。批評誌『ヱクリヲ』編集部。専門領域は映画を中心とした視覚文化全般。慶應義塾大学卒。

【『ヱクリヲ』とは】
エクリヲ 批評家・佐々木敦の主宰する「映画美学校 批評家養成ギブス第三期」のメンバーを中心として、2014年11月に結成。映画・音楽・文学・美術といった領野を貫通する批評活動を展開している。現在は「ゲンロン 批評再生塾」や全国の若手研究者とも協働し、おもに20代の書き手を中心に雑誌やweb上で活動している。今年の5月には最新号『ヱクリヲ6』(「ジャームッシュ、映画の奏でる音楽」「デザインが思考する/デザインを思考する」特集)を上梓、全国書店やディスクユニオン等で発売中。

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『マトリックス』
ブルーレイ ¥2,381+税/DVD特別版 ¥1,429 +税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
(C) 1994 Village Roadshow Films (BVI) Limited.
(C) 1994 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

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