ヒトは何をどう成し遂げてきたのか

#05

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深海探査

地球上に残された最後の秘境、深海。青くきらめく海は水深1000mを超えると、茫漠とした闇の世界へと一変する。深海にはいったい何があるのか。そして、人はなぜ、そこに惹かれるのか。深海探査の道筋をたどった。

深海探査のはじまり

ノーチラス号は、潜水翼を四十五度かたむけ、スクリューをフル回転させると、深海の底目指して下降していった。水深計が一万四千メートルをさしたとき、水のなかに黒っぽい山の頂上が見えた。けれども、この山のいただきも、ヒマラヤかモンブランくらいか、あるいはもっと高い山の頂上なのかもしれない。その深さははかりしれなかった。(ベルヌ作 南本史訳『海底二万マイル』ポプラ社)

 15~16世紀の大航海時代、海上の移動がさかんになると、人々はしだいに海の中へも関心を向けるようになった。そして1538年、スペインで「潜水鍾(せんすいしょう)」という、壺のような形の潜水装置が発明される。これは壺の中に入って水中に潜り、中の空気で呼吸しながら活動するというものだ。1687年には、アメリカのウィリアム・フィリップスが西インド諸島の海底に沈んだ宝物を引き揚げるためにこの潜水鍾をつくったが、水夫は誰一人として使おうとしなかった、という記録が残っている。

 時代は下って1930年。アメリカの生物学者ウィリアム・ビービが直径1.37mの潜水球「バチスフェア」に乗り込んで435mの潜航に成功した。1934年にはその深度を923mにまで伸ばし、深海生物の写真撮影を行った。こうして人類は大いなる未知の世界へと、恐る恐る降りていったのである。

しんかい6500

 記念すべき「バチスフェア」の潜航から60年を経た1990年、日本で一艇の有人潜水調査船が就航した。「しんかい6500」だ。日本の海洋調査技術は世界でもトップレベルにある。これには日本が技術大国であることに加え、管轄する海域が広いこと(448万㎢で世界第6位)、さらには4つのプレートがひしめき合う、世界でも有数の地震多発地帯にあることが影響していると考えられる。


「しんかい6500」には操縦士、副操縦士、科学者の3名が、内径2メートルの耐圧殻(たいあつこく)に乗り込む。この耐圧殻は球状で、真球度が1.004と非常に真球に近い。6500mの深海では約680気圧、つまり1㎠あたり約680kgfもの圧力がかかるため、わずかな歪みが大きな事故へとつながりかねないからだ。「しんかい6500」は就航以来、世界最大級の熱水マウンドの潜航調査(水深3670m)、2011年に起きた東日本大震災による海底の亀裂の発見(水深約3500~5350m)、海底に沈んだクジラの骨に依存する生物群集の研究(水深4036m)といった数多くの成果をあげ、いまもなお世界の海洋調査に貢献している。

謎の巨大生物

「こいつはすごいぜ!」 ネッドがさけんだ。  わたしもぞっとした。目の前にいたのは、伝説に出てくるようなきみのわるい怪物だったのだ!  体長が八メートルはある大ダコなのだ! おそろしいいきおいでノーチラス号めがけてつきすすんでくる。大きな口からかたい舌がとびだす。七ひきはいただろうか。(同書)

 2004年、小笠原諸島父島沖の水深900mの深海で、仕掛けられたエサにおそいかかる大ダコ、ならぬダイオウイカの姿が、国立科学博物館の窪寺恒己(くぼでらつねみ)博士らによって、世界で初めて撮影された。ダイオウイカは北欧に伝わる海の怪物「クラーケン」のモデルとなった世界最大の無脊椎動物で、最も大きなものは全長が18mにも及ぶ。16世紀以来、世界中で数百の個体が記録されてきたが、いずれも死んでいるか、死にかかった状態だったため、その生態は謎に包まれていた。窪寺博士らは一体どのようにして、この画期的な撮影を成し遂げたのだろう。

 野生のダイオウイカを撮影するには、「彼ら」がどの海域の、どの深度に生息しているかを知る必要がある。この広大な海の中で、どうやってそれを特定したのか。窪寺博士はマッコウクジラに目をつけた。巨大な頭部を特徴とするマッコウクジラは潜水能力に優れ、最大深度は3000mに及ぶともいわれている。イカ類を好んで捕食し、その中にはダイオウイカも含まれることがわかっていた。つまり、マッコウクジラの行動を追跡すれば、ダイオウイカがどこに生息しているかがわかるというのだ。森恭一(もりきょういち)博士、天野雅男(あまのまさお)博士らの調査の結果、マッコウクジラは毎年9月~12月に父島の南東海域に集まること、15~30分の休憩をはさみながら日中は水深800~1000m、夜は水深400~600mに繰り返し潜水していることがわかった。これらの情報を基にダイオウイカの生息する海域と深度が特定され、歴史的な撮影が実現したのである。

幻の大陸 わたしの目の下に、破壊され、海底深くしずんだ都市の廃墟が見える。くずれ落ちた屋根、たおれた神殿。たしかにこれは古代の都市だ。遠くには港のあとらしいものもある。まさしくこれは“水のなかのポンペイ”だった。(同書)

アトランティスは古代ギリシャの哲学者プラトンによって書き記された伝説の王国だ。莫大な富を持ち、神社、宮殿、港、造船所をも擁する高度な古代文明が花開いていたが、地震と洪水のために一日と一夜にして海底に没した、とされている。2013年、ブラジル沖リオグランデ海膨(かいぼう)で、この伝説を想起させる、おどろくべき発見があった。水深約900mの海底から、かつてそこが大陸だったことを示す花崗岩が見つかったのだ。「ついにアトランティス大陸の発見か?」というニュースも流れたが、そこが大陸だったのは数千万年前だと判明し、文明があったとするには古すぎると結論づけられた。しかし、これまでの海洋調査で明らかになったのは、この「世界」のほんの一部にすぎない。幻の大陸がどこかで悠久の眠りについていることを、誰も否定しきることはできないのだ。

いまだ謎に覆われた深海の世界。初めての生命はここで生まれ、(ダーウィンを信じるなら)さまざまな進化を遂げてきた。人はなぜ海に惹かれるのか。それは恐らく、私たちはどこから来たのかという問いと無関係ではないだろう。深海に秘められた謎とは、そのまま、私たち自身の起源の謎でもあるのだ。

参考文献

海洋研究開発機構(JAMSTEC)監修
『深海と深海生物 美しき神秘の世界』ナツメ社 2012年
『Newton 別冊 水深1万メートルの秘境 深海の世界』ニュートンプレス 2013年
長沼毅 倉持卓司 著
『超ディープな深海生物学』祥伝社 2015年
三宅裕志
『SUPERサイエンス 巨大深海生物の謎を解く』シーアンドアール研究所 2014年
竹内均 著
『アトランティスの発見 海底に消えた古代王国』ゴマブックス 2015年

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