ヒトは何をどう成し遂げてきたのか

#13

メインビジュアル

食の歴史

食の歴史とは人類の歴史そのものだ、と言っても過言ではないだろう。仙人やごく一部の例外を除いて、人は食べないと生きていくことはできないのだから。私たちにとって最も基本的なこの営みは今日に至るまで、どのような変遷を経てきたのだろうか。

環境と身体

人類の食について見ていく上で人類の祖先の食性を知っておくことは、決して無意味ではないだろう。ヒトを含む霊長類の祖先にあたる動物(ツパイ目の祖先)は今から約6000万年前に誕生した。猿というよりはリスやネズミに近い印象を受けるツパイ類は、主に森林の中で生活し、樹上の昆虫や果実を捕食していたと考えられる。ツパイ目の祖先から進化した原猿類はからだが大型化し、昆虫食や果実食から木の葉食へと変化したが、進化がさらに進んだ真猿類では(1)果実食が主食で草食が副食のグループ、(2)草食が主食で果実食が副食のグループ、(3)果実食、草食、昆虫や小動物などいろいろなものを食べる雑食のグループが存在するようになった。

興味深いのはこれらの食性に対応して、消化器官の変化や体内の遺伝子DNAに変異が見られることだ。そのひとつが、体内でビタミンCを合成することを放棄したグループの誕生である。ビタミンCは生体内の酸化反応に対する抗酸化作用や骨・血管系・皮膚といった組織の維持に必要なビタミンだが、ほとんどの鳥類や爬虫類、哺乳類の仲間が体内で合成できるのに対し、ヒトや類人猿の仲間はそれができない。これは果実由来のビタミンCをいつでもとることができる森林生活が長く続いたことにより、体内でビタミンCを合成する必要性が低下したためだと考えられている。このことは私たちの身体と自然環境とが、食を通じて密接につながっていることを教えてくれる。

農耕のはじまり

現生人類が地球上に現れたのは約20万年前だと考えられている。そこから農耕がはじまる約1万年前まで、人類はマンモスなどの動物を狩り、果物や野生のコムギなどを採って生き延びてきた。狩猟・採集の暮らしとは自然に生きている(=人間が飼育したのではない)動物や、植物、キノコ、魚介類といった自然によってもたらされるものを食べて生きるということであり、そこには当然不確実性が伴う。狩りに出たからといって獲物が常に見つかるわけではないし、見つかっても必ず仕留められるわけではない。それに対して農耕とは「作物の生命現象を利用しながらそれを意識的に栽培する営み」※であり、こちらにももちろん気候などの不確実性要素はあるが、食料を獲得できる確率は狩猟・採集のそれとは比べものにならないだろう。

こうして(ある程度)安定的に食料が得られるようになると人口が増加し、さらには人びとが必要とする以上の余剰生産物がもたらされたことで、富が蓄積され、より複雑で高度な社会が形成されていった。そしてそれが文明の誕生につながったと考えられている。

記号としての食

農耕によってもたらされた富の蓄積は、王や貴族といった支配階級と、農民や職人といった被支配階級を生み出した。このような社会において食は、住む家や服装と同じく、その人の身分を示す記号的な役割を果たすようになる。

中世フランスの宮中料理の料理書を見ると大量の香辛料を使うように書かれているが、どれを使うかについてはあまり言及されていない。当時は砂糖も香辛料だとされていたので、どの香辛料を使うかでまったく別の料理になりそうだが、大切なのはどれを使うかではなく、とにかく「香辛料を使うこと」だった。その理由はただ一つ。当時のヨーロッパでは香辛料が手に入りづらく、非常に高価だったからだ。貴族は自分たちの特権的地位を誇示するために、香辛料がたっぷり使われた料理を好んだのだ。その証拠に、香辛料が市場に出回るようになると貴族の料理における消費は減り、代わりに、料理人の技術や洗練の度合いによって民衆との差別化がはかられるようになった。しかし、貴族たちのこのようなふるまいは飢餓に苦しむ民衆の怒りを買い、1789年のフランス革命を引き起こすこととなる。

グローバル化

産業革命による交通手段の飛躍的な発達、すなわち蒸気船と鉄道の発明は多くの移民を生み出し、結果として食の歴史にも大きな変化をもたらした。かれらの多くは過酷な労働条件や根強い差別を乗り越え、移住先の地で自分たちの伝統的な生活様式や料理を再現しようとした。一例をあげると、中国人とイタリア人の移民によってアメリカ大陸に普及した中華料理とイタリア料理は、しばしばかれらの郷土のものとはまったくの別物になってはいたが、食のグローバル化に貢献したことは間違いない。

1953年、カリフォルニア州サンバーナーディーノのマクドナルド兄弟は自分たちのハンバーガーレストランのフランチャイズ展開をはじめた。1960年には100店以上が加盟する事業へと成長し、1970年代には海外進出を果たして、ヨーロッパを皮切りに世界中に店舗を展開していった。しかし、マクドナルドの出店はすべての人に歓迎されたわけではない。郷土の料理や伝統を守ろうとする人びとは各地でマクドナルドに反対する運動を起こし、1999年のフランスでは建設中の店舗が破壊されるという事件が起きている。

食の欧米化、肥満、遺伝子組み換え作物、生産者と消費者の分離、孤食……。21世紀初頭の現代、食にまつわるテーマはますます多様化し、私たちは多くの問題を抱えている。その解決策を導き出すのは容易ではないが、自然環境との関係や伝統的な食生活を見直すことは、そのひとつのきっかけになるのではないだろうか。前述した通り、人類はその歴史の大半を自然がもたらすものを食べて生きてきた。食とは環境と身体との「コミュニケーション」であり、それは私たち人類も地球上の生態系の一部であることを意味している。私たちの身体はそれぞれの環境と深く結びついており、本質的に「ローカル」な存在なのだ。まずはその当たり前のことを思い出した上で、日々の食習慣を見直してみるべきではないだろうか。

※伊丹一浩著『環境・農業・食の歴史―生命系と経済』お茶の水書房、2012年

参考文献

岡井康二・辻広志・岡井(東)紀代香
「霊長類の食性の起源と適応進化」羽衣国際大学人間生活学部 研究紀要 第10巻
ジェフリー・M・ピルチャー著/伊藤茂訳
『食の500年史』NTT出版 2011年
ビル・プライス著/井上廣美訳
『図説 世界史を変えた50の食物』原書房
ジャン=ピエール・プーラン エドモン・ネランク著/山内秀文訳・解説
『フランス料理の歴史』KADOKAWA 2017年
伊丹一浩著
『環境・農業・食の歴史―生命系と経済』お茶の水書房、2012年、25頁
ウィリアム・シットウェル著/栗山節子訳
『食の歴史 100のレシピをめぐる人々の物語』柊風舎 2016年

関連タグ

この記事をシェア

  • tweetする
  • シェア
INDEX