ヒトは何をどう成し遂げてきたのか

#12

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服の歴史

人はなぜ、服を着るのか。禁断の果実を食べたイヴは裸であることが恥ずかしくなってイチジクの葉を用いたそうだが、私たちが服を着る理由は、裸を隠すためだけではなさそうだ。時代とともに目まぐるしく移り変わってきた服の歴史を概観してみよう。

機能と記号

人類最初期の服が身をまもるためのものであったのは、恐らく間違いないだろう。アルプスのエッツ渓谷で見つかった「アイスマン」と呼ばれる約5300年前のミイラは、動物の毛皮の上着やコート、帽子、革で編んだマント、内側に草を詰めた皮製の靴といった、明らかに防寒のための衣服を身に着けていた。日本の衣服として初めて「魏志」倭人伝に登場する「貫頭衣」は、ほとんどの作業を夏の暑い時期に行う稲作において、背中を太陽から保護する役割を果たしたと考えられる。毛皮を「脱ぎ捨てた」人類にとって服とは、まず、自然環境に適応するための道具だったといえるだろう。

一方で、衣服は単なる機能にとどまらず、早くから着る人の「属性」を表現していた。世界最古とされているメソポタミア文明のひとつ、古バビロニア帝国の人々は一枚の大きな布を体に巻き付けて着用していたが、その巻きつけ方は男女で異なっていたようだ。王と庶民の衣服の違いはさまざまな文化で見られるが、9世紀の初めにはカール大帝が身分ごとの衣服を規定した最初の「衣服条例」を交付した。「赤紫色の衣服とアーミンの毛皮は王しか着られず、レースや絹は貴族と裕福な市民に許されるが、奉公人は着てはならない」等としたこの条例によって、衣服は人々の出自や社会階層を示す記号の役割を果たすようになったのである。

つくられた「身体」

衣服の機能性からの乖離は、近世ヨーロッパの貴族社会においてより顕著になった。「ほっそりとしたウエスト」をつくるコルセットは当時の貴族女性の必需品であり、中には完璧なボディラインを実現するために鉄のコルセットまでつくられたようだ。コルセットと共に彼女たちのファッションに欠かせなかったのが、ドレスの下に着用してスカートの形を保つアンダースカート。18世紀に流行し、かのマリー・アントワネットも着用した「パニエ」は、スカートを横に広げるために籐や柳の茎、クジラのヒゲなどを輪にして重ねたもので、その上に腕をもたせかけることができたため「肘つきのパニエ」と呼ばれた。スカートがあまりにも広がったため、女性たちは扉をまっすぐに通り抜けることができなかったという。

このような衣装は、実際の身体からはかけ離れた身体のフォルムを創出した。衣服が人間を、生きた芸術作品へと仕立て上げたのだ。そしてそこには、外見を着飾り、気品や優雅さを感じさせることで、政治的な影響力を保持しようとする貴族階級の思惑が内包されていたのだった。

思想の表明

1789年7月14日、不公平な身分差への不満をつのらせたパリ市民が、反王国派が投獄されていたバスティーユ牢獄を襲撃し、フランス革命が勃発した。騒乱はまたたくまにフランス全土へと広がり、やがて平民らによって発足した国民議会が聖職者や貴族の特権廃止を宣言。「国民の自由と平等」をうたう人権宣言を採択し、服装による社会的差別も廃止した。これによって、市民の間では特権階級への不満から贅沢な服装が否定され、自然で飾らないスタイルが重要視されるようになった。

そうして登場したのが、船乗りや囚人の衣服である長いズボンを着用したサン・キュロット党派のスタイルだ。サン・キュロットとは「半ズボンをはかない人」という意味で、これは貴族の象徴であるキュロットへの対抗を表したものだった。革命派はまた、服装の中に自由のシンボルである三色旗の赤、白、青を取り入れた。華美な装飾によって気品や優雅さを表現しようとした貴族に対し、かれらは自らの思想をその服装によって表明したのだった。

記号の解体と新たな創造

フランス革命が封建的な社会体制を崩壊させ、貴族と平民という枠組みを解体したものなら、1980年代に旋風を巻き起こした2人の日本人デザイナー、川久保玲と山本耀司の作品は、西洋と東洋、そして、男と女という枠組みを解体したものだといえるだろう。そのほとんどが黒中心の無彩色で、穴が開けられていたり、アシンメトリー(左右非対称)だったり、身体のラインが分からないほどだぶついたりしていたかれらの作品は「黒の衝撃」と呼ばれ、世界中の注目を集めた。それはこれまで常識だと思われてきたもの、男性の視線による女性の表現や西洋の価値観に基づいた美意識から故意に離れ、新たな次元での創造を目指したものだといえるだろう。「伝統や習慣や場所に縛られないことが大切だといつも感じてきました」という川久保の言葉が、それを証明している。

衣服は個人的なものであるにもかかわらず、時代や地域によって異なる社会の影響を大きく受けてきた。人々が着ているものを見れば、その社会の価値観や構造を推察できると言っても過言ではないだろう。ファストファッションが花盛りの現代。私たちはたしかに、さまざまな服を安価で着られるようになった。その「自由」に感謝しながらも、まるでせかされているような生産と消費のスピードに、時折、違和感を覚える。Fashion(ファッション)という語は「つくること」を意味するラテン語facito(ファキト)に由来するらしい。ファッションがブランドだけのものでないことを考え合わせれば、それは単に衣服をつくるということではなく、私たち自身がそれを着て、自らの個性やアイデンティティをつくっていくということではないだろうか。であるならば、それは、そんなに「ファスト」にはできないはずだ。衣服は個人と社会の意識がせめぎ合う境界線。私たちは現代社会の「目論見」に、もう少し敏感になるべきかもしれない。

参考文献

能澤慧子監修
『世界服飾史のすべてがわかる本』ナツメ社 2012年
ゲルトルート・レーネルト著/黒川祐子訳
『絵とたどるモードの歴史』中央公論美術出版 2011年
文化服装学院編
『文化ファッション体系 服飾関連専門講座⑪ 改訂版・西洋服装史』2012年
マーニー・フォッグ編/伊豆原月絵 日本語版監修/佐藤絵里訳
『FASHION 世界服装全史』 2016年
『歴史地理教育 2016年6月号 No.850』 歴史教育者協議会
武田佐知子
「文化を着る―衣服をめぐる日本と中国の交流史―(日本衣服学会誌 第57巻 第1号)」
長谷川祐子著/川出絵里編
『破壊しに、と彼女たちは言う―柔らかに境界を横断する女性アーティストたち』東京藝術大学出版会 2017年

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