ヒトは何をどう成し遂げてきたのか

#11

メインビジュアル

寸鉄人を刺す、鉄面皮、鉄は熱いうちに打て、「鉄人」や「鋼の肉体」なんて比喩もある。古くから人々の身近にあって、暮らしを支えてきた「鉄」。鉄はいつ人類の歴史に登場して、どのように利用されてきたのだろうか。その来歴をさぐってみよう。

天の金属

メダルと言えば金銀銅。惜しくもなのかどうなのか、鉄は表彰台を逃している。しかし、トルコで発見された3900年前の粘土板によると、古代の順位はどうも違っていたらしい。「鉄の価格は金の5倍、銀の40倍」と記されているからだ。鉄はなぜこれほど高価だったのだろう。金が地球上にそのものとして存在しているのに対し、鉄はほぼ酸化した状態でしか存在しない。この酸化鉄から鉄をつくりだすには、木炭などを用いて1000度をはるかに超える高温で焼く必要がある。そのため、技術のない時代の人々が手にできたのは、隕石の一種である「隕鉄」に限られていた。古代の人々にとって、鉄は天からの贈りものだったのだ。

この「天の金属」が地上で初めてつくられたのは紀元前1500年頃。トルコのアナトリア半島に住んでいたヒッタイトによってである。ヒッタイトは強力な鉄の武器を手にしたことでまわりの国々を制圧し、またたくまに大帝国を築き上げていく。青銅器文明を生み出したバビロニアを滅ぼし、当時世界最大の強国だったエジプトとは互角の戦いの末に講和条約を結んだ。まさに無敵を誇ったヒッタイトだが、紀元前1200年頃に突如滅亡してしまう。原因はいまだにはっきりしていないが、一説では鉄をつくるために木を伐り過ぎ、旱魃(かんばつ)によって自滅したと言われている。「天の金属」を生み出した代償は、やはり大きかったということだろうか。

日本の製鉄

こうして歴史の表舞台から姿を消したヒッタイトだったが、その製鉄技術はかれらの血をひくタタールへと受け継がれ、中国そして朝鮮半島を経て弥生時代の日本に伝えられたと考えられている。中国の歴史書『三国志東夷伝』を見ると、倭の国では鉄を非常に大切にしていて、道具としてだけでなく、通貨としても使っていたことがわかる。「天の金属」の威光は、卑弥呼の時代でも健在だったようだ。

そんなわが国の製鉄技術として、映画『もののけ姫』にも登場した「たたら製鉄」がある。たたら製鉄は、粘土製の炉の中に原料となる砂鉄と木炭を入れ、木炭の燃焼熱によって砂鉄を還元する製鉄技術で、そのルーツは前述の通り、ヒッタイトで生まれた製鉄法である(「たたら」の語源はタタールだとする説もある)。たたら製鉄は、砂鉄を多く産する山陰地方でさかんに行われた。出雲の標準的なたたらでは、一代(いちや)と呼ばれる3~4昼夜の連続作業で、原料となる砂鉄と木炭をそれぞれ13トン要する。そこからできる鉄は4トン弱、日本刀などの原料となる良質な玉鋼(たまはがね)は1トンにも満たない。

この玉鋼は、普通では不純物とされる微量成分がたたら製法によって有利に働き、硬い鋼に粘りを生じさせて折れたり曲がったりしない日本刀を可能とする。それだけでなく、切削工具や刃物鋼としても珍重され、日本独自の木工品や建築の発展にも大きく寄与した。江戸時代の思想家 三浦梅園は、「金とは五金(金、銀、銅、鉛、鉄)の総称なり、五金の内にては鉄を至宝とす。」と記しているが、ここからも、鉄が江戸時代の人々にとって不可欠な「レアメタル」であったことがうかがえるだろう。

鉄道と革命

海の外に目を移してみよう。ヨーロッパで鉄の生産量が飛躍的に増大したのは、18世紀後半のイギリスから始まった産業革命である。工業・農業に機械化の波が押し寄せ、牧歌的だった人々の生活は大きく様変わりしていった。それには、驚異的なスピードで人や物を運ぶ「鉄道」の影響も大きかったことは間違いない。

2本のレールの上に荷をのせた車を走らせるという発想は、重い荷を背負わなければいけない坑夫や石切り工のあいだから生まれた。蒸気機関の発明によって大量の石炭が必要となったイギリスでは、炭鉱地帯の一面に線路網が張りめぐらされるようになる。1804年、ウェールズ南部の渓谷マーサーティドルフの全長16㎞の線路を、リチャード・トレヴィシックの発明した蒸気機関車が、5台の貨車に10トンの鉄と70人の人間をのせて走り切った。鉄道の歴史に輝かしい一歩を記したこの偉業は、実は製鉄業の資本家がその成功に500ギニーの大金を賭けて企画した「ギャンブルイベント」であった。

世界で最も長い鉄道は、ロシア南部を東西に横断する全長9297㎞のシベリア鉄道である。シベリア鉄道はその軍事上・貿易上の意義を認めたロシア皇帝 アレクサンドル3世によって、1891年に建設の裁可がくだされた。その際、建設委員会の委員長に任命されたのが、後にロシア帝国最後の皇帝となるニコライ2世である。1917年4月、蒸気機関車293号は、かつらをかぶり、ニセの身分証を持ったウラジミール・レーニンを乗せ、ロシア西部の都市サンクトペテルブルクを目指してひた走っていた。目的はもちろん、燎原の火のように広がった革命運動を領導することである。レーニンの同胞であるレフ・トロツキーはシベリア鉄道の役割について、後に回想録『わが生涯』にこう記している。「列車は前線と基地をつなぎ、緊急の問題をその場で解決し、民衆を教育し、訴えかけ、食料を与え、報酬をあたえ、罰することができた」(ビル・ローズ著/山本史郎訳『図説 世界史を変えた50の鉄道』原書房)。1918年、ニコライ2世は革命を成し遂げたレーニンの命によって処刑された。その地、エカテリンブルグは、彼が建設の責務を負ったシベリア鉄道の重要な都市駅だった。

数千年にわたって人類の歴史に深く関与し続けてきた鉄。しかし、存在があまりにも当たり前となった現代では、ともすると、その重要性が忘れられているように思う。鉄の大切さを再認識するために、2年後に迫った東京オリンピック・パラリンピックでは「鉄メダル」を導入してみてはどうだろうか。

え、錆びるって? そこはほら、「さんか」することに意義があるということで。

参考文献

三柳屋彦吉
『秘められた鉄の歴史』今井出版 2015年
古田史学の会編
『邪馬壹国の歴史学―「邪馬台国」論争を超えて―』ミネルヴァ書房2016年
『フォレストコンサル NO.150』日本森林技術協会 2017年
雀部実 館充 寺島慶一編
『近世たたら製鉄の歴史』丸善プラネット 2003年
『iichiko NO.109』三和酒類 2011年
瀬々昌文 城島隆太
『たたら製鉄によるPBL型ものづくり教育およびたたら製鉄と近代製鉄との技術比較』西日本工業大学紀要 第46巻 2016年
ビル・ローズ著/山本史郎訳
『図説 世界史を変えた50の鉄道』原書房 2014年
T.S.アシュトン著 中川敬一郎訳
『産業革命』岩波書店 1973年

関連タグ

この記事をシェア

  • tweetする
  • シェア
INDEX