ヒトは何をどう成し遂げてきたのか

#07

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文字の歴史

あまりに身近で、あるのが当たり前になってるものほど、その大切さを忘れてしまいがちだ。文字もそのひとつ。いったい、文字のない世界というものを、私たちは想像できるだろうか。メールもワードもないパソコン、店名のわからない店が並ぶ商店街、記事のない新聞(じゃあ何があるんだろう?)、写真とイラストでつくられた教科書……。私たちの生活を基礎づけている文字の歴史をさぐってみよう。

ロゼッタストーンとヒエログリフの解読

1799年7月、エジプトに遠征していたナポレオン軍の兵士は、ナイル川支流の村ロゼッタで、高さ114㎝、幅72㎝、厚さ28㎝の石板を発見した。この石板には上からヒエログリフ、デモティック、ギリシア文字という3つの文字による碑文(ひぶん)が記されていた。このうち、当時解読されていたのはギリシア文字だけで、一番上に書かれたヒエログリフは1400年以上もの間、その記号システムが謎に包まれていた(二番目のデモティックは後にヒエログリフをくずして書いた「草書体」であることが判明する)。ギリシア文字の部分から、この3つの碑文は同じ内容を表していることがわかった。

ヒエログリフはエジプトの神殿やピラミッドなどに刻まれた象形文字で、古くは紀元前32世紀に使われていたことが知られている。タカやヘビ、ワニなどの絵が用いられていることから、ヒエログリフはアルファベットのような「表音文字」ではなく、漢字に代表される「表語(表意)文字」であると考えられていた。しかし、その思い込みこそが、この文字の解読を阻む張本人だったのだ。

イギリスの物理学者トマス・ヤングは、ロゼッタストーンのヒエログリフの碑文の中に、同じ文字列が繰り返し登場していることに気づいた。ギリシア文字との比較からこの文字列が「プトレマイオス」という王の名だと推測した彼は、ヒエログリフが意味を表す文字であっても、この部分に限っては表音的(アルファベット的)に綴られているに違いないと考えた。「プトレマイオス」はエジプト人にとっては外国であるギリシア語の名前なので、意味的に表すのは難しいと考えられるからだ(亜米利加や阿蘭陀などの表記に意味がないことを想起してほしい)。

ほぼ同時期、ヤングと同じように考えたフランスの言語学者ジャン・シャンポリオンは、ロゼッタストーンと他の遺跡を比較して分析し、ヒエログリフの一文字ごとの音を特定することに成功する。こうして1400年以上にわたる謎が解明された。ヒエログリフは意味の記号であると同時に音声の記号でもあるという、「表語」と「表音」の併用システムだったのだ。

アルファベットのルーツ

英語を公用語とする国だけでなく、アルファベットは今や世界のいたる所で使われている。それはホームページのURLやメールアドレスに採用されていることからも明らかだろう。アルファベットというと普通はAからZまでの26字を思い浮かべるが、この数は国によって異なり、ドイツでは合計30字、フランスでは合計40字が日常的に使われている。アルファベットとは、A・B・Cといった文字そのものではなく、ひとつの音をひとつの文字であらわすというシステムのことなのだ。

では、そのシステムは、どこでどのように生まれたのだろうか。アメリカの考古学者ジョン・ダーネルは、エジプト南部における1993年~94年にかけての調査で、世界最古と考えられるアルファベットを発見した。紀元前20世紀ごろのものと思われるその碑文は、発見された谷の地名をとって「ワディ・エル・ホル碑文」と名付けられた。

ダーネル教授によると、この地にはかつて街道を警備するエジプト軍が駐留しており、その中にはエジプト出身ではない「アジア人」の兵士もいたことが、ヒエログリフのくずし字で書かれた別の碑文によってわかった。では、その「アジア人」は、どんな文字を使っていたのか。エジプトの文化を理解していない「外国人」の彼らが、意味と音声を併用するヒエログリフを使いこなすのは難しかったはずだ。そこで、ヒエログリフなどから文字の形だけを借りて、自分たちの言葉の「音」を表現する文字システムを開発した。それが「ワディ・エル・ホル碑文」に刻まれた、最古のアルファベットだと考えられるらしい。

彼らはヒエログリフが使えなかったからこそ、アルファベットをつくることができた。そしてこの「意味ではなく音を表す」システムであったことが、アルファベットが言語と文化の違いを越えて拡大した大きな理由だといえるだろう。

漢字の「命」

漢字は現代に残された、ただ一つの象形文字である。ヒエログリフやメソポタミアの楔(くさび)形文字をはじめとした古代文字は、その文明の滅亡とともに滅ぶか、先に見た通り、アルファベットなどの表音文字に置き換えられてきた。ではなぜ、漢字は誕生から数千年を経たいまもなお、使われ続けているのだろう。

白川静は、「漢字は輪郭的な平面描写を避け、抽象による線構成を志向した」という。たとえば「ヤマ」という対象を表現するのに、「△」のように輪郭をなぞるのではなく、「山」のように線の構成を用いたというのだ。「デッサンにおいては、線は「人間的表徴であり、おそらく判断の最も力強い表現である」とされるが、(…)漢字ほど、「人間的表徴」として、その自己表現を求め続けてきた文字体系は、他にその例を見ない」(白川静『漢字の世界1』平凡社)。このことが、漢字を「書の芸術」たらしめたという。

文字を美しく、装飾的に記すことは、どの時代のどの文化でも行われていた。しかし、「書」の芸術性は審美的な価値にとどまるものではない。それは線が持つ運動の芸術性であり、書くということそのものの芸術性であろう。漢字は、書くという行為によって「命」を吹き込まれた文字なのだ。そしてそれこそが、漢字がいまなお生き続けている大きな理由ではないだろうか。

日本では古代中世を通じて、漢字のことを「真名(まな)」と呼び、それからつくられた音節文字を「仮名(かな)」と呼んだ。大陸の文化への敬意に加え、漢字に込められた「命」への敬意が、「真」と言わしめたのかもしれない。パソコンやスマホの普及によって、私たちが文字を書く機会はめっきり少なくなった。漢字を忘れてしまったと嘆く向きも多いだろう。「命」を未来へつなぐためにも、この辺で一度、書くという行為を見直してみてはどうだろうか。

ちょうどこれからの季節、書店には来年の手帳が並び始めることだし。

参考文献

アンドルー・ロビンソン著 片山陽子訳
『文字の起源と歴史』創元社 2006年
『Newton 2008年5月号』ニュートンプレス
白川静
『漢字の世界1』平凡社 2003年
松岡正剛
『白川静』シーアンドアール研究所 2008年
中村昇
『小林秀雄とウィトゲンシュタイン』春風者 2007年
丸山圭三郎
『言葉とは何か』 筑摩書房 2008年

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